第32話 主役はキミだ
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「出雲君……。桃太君は、馬鹿な子。いえ、本当に良い子ね」
丸い月が照らす、遥花の瞳から一筋の涙が落ちた。
「桃太君、わたしを助けてくれてありがとう。巻き込んでしまってごめんなさい。今度は、必ずわたしが守るから」
遥花は、桃太を豊かな胸の中へと抱き寄せた。二人はしばらくの間、互いの温もりを感じていた。
「行きましょう、桃太君。紗雨ちゃんや乂君を起こさないように」
「はい。……遥花先生。アイツらが起きたら、一緒に行くって騒ぎそうですから」
桃太と遥花は手を繋ぎ、門から外へ一歩を踏み出した。
「話は終わったサメ? じゃあ出発進行サメー」
すると、桃太の笈から銀色のサメが顔を出し――。
「おう、クマの里も今夜を限りってか。くーっ、ムーンライトでクールな門出だぜ」
遥花の笈からは、黄金の蛇が姿を見せた――。
「い、いつの間に? 乂君は亡命中なのでしょう。勝手に飛び出してはいけません」
「リボン女、固いこと言うなよ。勇者パーティに恨みがあるのは、オレも同じだ。それに凛音も鷹舟も〝鬼神具〟を持っている。だったら〝鬼神具〟持ちのオレと紗雨が居た方が都合がいいだろ? 桃太とは契約も交わしたしな!」
乂は黄金色の蛇身をくねらせながら説得を試みるも、遥花は彼を捕まえようとわたわたと走り回る。
「乂君の保護者はカムロ様でしょう。ならば、カムロ様に従ってください」
「それが一番、気に食わないんだよ。半世紀以上前に地球と繋がった時、クマ国じゃ大勢の人が死んで、混乱を収める為にカムロが幽霊として召喚された」
乂は噛み締めるようにシューと息を呑み、尻尾を逆立てて言葉を続けた。
「で、カムロが本当に上手くやったから、今じゃ全部の里が責任を丸投げしている。やる気があるのは、地球出身のコウエン将軍がいるヒメジくらいだ。そういう身勝手な押し付けには、逆らうのが不良だろう?」
「し、しかも、まともな事を言ってます!?」
「オーマイガッ。やっぱりオレ、このリボン女のこと嫌いだわ」
乂は遥花の反応に拗ねて、笈の上でとぐろを巻いてしまった。
「えーと、紗雨ちゃんも反抗期的な何かなの?」
「むー。紗雨はそういうのないサメ。桃太おにーさんが心配だからついてくサメ。危なっかしい兄貴分を持つとたいへんサメ」
「危なっかしくて、ごめんね」
「そこは抱きしめ……頭を撫でるサメ? ま、いっかサメ」
わちゃわちゃとした四人の旅立ちを、母家の屋根の上から、カムロとアカツキが酒の入った瓢箪と盃を手に眺めていた。
「乂だけでなく紗雨も行くのか。先祖に似てわんぱくに育ってしまった。今は偽名で誤魔化しているが、いずれは……、波乱の中心となると予言された、スセリという本名を思い出すだろう」
「カムロ様。お言葉ですが、スセリと名付けられた者は、この千年で何万人といます。大事に巻き込まれた者は、ごくごく一部でしょう。そもそも心配なら、なぜ屋敷を出るなと伝えないのです?」
アカツキの質問に対し、カムロは盃の中に映る月を見た。どれだけ近くに映っていても、酒に浮かぶ月はただの影だ。幽霊もまた同じ。
「僕は、あの子達がクマ国にいるのなら、どんな敵からも守ってみせよう。でも、今を生きる子供達が旅立つと決めたのに、過去の亡霊が止めるなんておこがましいと思わないか?」
カムロは月を見上げながら、盃の中の酒を飲み干した。
「……アカツキ、状況はどうなっている?」
「〝C・H・O〟の三縞凛音代表は、我が国との交戦を避ける方針です。が、幹部の黒山犬斗はやる気満々ですよ。交戦が予想されたイナバの民間人は、怪物災害の恐れありとの名目でサカイやギオンに疎開しています。全体の動きを見るに、ヒメジへの迂回攻撃を狙っているやも知れません」
「わかった。コウエン将軍に伝えてくれ。ヒメジの里を前線基地として迎撃態勢をしくってね」
「はっ!」
カムロは、遠くなってゆく四人を見送った。
「出雲桃太君。キミが巫に選ばれた理由は、カミサマのキマグレか、たまたま鬼のケガレが緩かったからか、そんな些細なものかも知れない。でも今日、キミは選んだ。ならば、ここから先の舞台は、桃太君が主人公だ」
あとがき
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