第31話 桃太の旅立ち
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額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、貴公子然とした外交官、奥羽以遠に反発を覚えたものの、未だ説得する手段を持たなかった。
「わかりました」
カムロはひょいと肩をすくめて、よく言ってくれたとばかりに桃太の背を軽く叩いて撫でさすった。
「ふうん、そうかい? ならば、クマ国も前例に倣い、地球には関与せずに中立を続行しよう。仮に、日本国の現国家体制が転覆しようともだ」
「そうなりますよねえ」
そして以遠も、カムロの返答を予想していたかのように、あっさりと提案を取り下げた。
あわよくばと頼んでみただけで、最初から中立目的の交渉だったのかも知れない。
通神も限界なのか、ディスプレイ画面にノイズが混じり始めた。
「以遠、オマケだ。給与アップの材料をくれてやる。クマ国は、異界迷宮カクリヨにも地球にも関わらない。しかし、国土に侵入したテロリストについては、我が国の安全のため駆逐しよう」
「それはありがたいですね!」
以遠は、ディスプレイの中でニコニコと笑顔を浮かべたが――。
「既に辺境の里で、破壊や盗難などの被害が報告されている。地球でも大量殺人をやらかした連中だ。根切りでいいな」
続くカムロの言葉に、顔をひきつらせた。
桃太や遥花もまた、凍ったように動きを止める。
「待ってください。元勇者パーティ〝C・H・O〟には、未成年も加わっています」
「僕はまとめ役として、クマの国の民を守らなければならない。それとも地球には、少年兵だけを区別して捕まえる方法があるのか?」
「失言でした。貴国のご提案を持ち帰らせていただきます」
以遠は別れの挨拶を述べたが、バリバリという異音と砂嵐に溶けてしまった。
地球とクマ国の通神はこうして終わり、桃太は拳を握りしめた。
(そうだ。地球には少年兵だけを区別して捕まえる方法なんてない。でも、俺には〝生太刀・草薙〟がある)
アリやミミズを避けて、危険なムカデや蜂だけを気絶させることが出来る必殺技。
この力があれば、死に逝く同窓生を救えるかも知れない。
(リッキー、お前なら見過ごせないよな)
桃太はカムロ達と共に浮遊岩盤を後にしながら、亡き親友、呉陸喜のことを思った。
(勇者パーティ〝C・H・O〟は、俺の手で終わらせる。それが、俺なりのリッキーの仇討ちだ)
出雲桃太はかつての研修先を止める為、旅立つことを決意した。
◇
西暦二〇X一年一一月一八日未明。
桃太は川釣りで使った笈、竹製のリュックサックに着替えを詰めて、母家の玄関を後にした。
「カムロさん、紗雨ちゃん、乂。今日までありがとうございました」
屋敷の門で振り返り、一礼すると……。
「いい夜ね。出雲君もお月見かしら?」
すぐ側の生垣に隠れ、同じように旅支度をした、矢上遥花がいた。
「矢上先生は病み上がりなんですよっ。寝ていないとダメじゃないですかっ」
「お姉さんは先生だから、わたしの生徒を止めに行くわ。出雲君こそ、ここに居ていいのよ。クーデターは必ず鎮圧されるもの」
遥花は、カムロと似たような事を告げた。
「矢上先生。勇者パーティ〝C・H・O〟は、俺の親友、呉陸喜を殺した仇です」
合理的に考えるなら、日本政府の奥羽以遠や、クマ国のカムロに任せればいい。
テロリストに堕ちた連中が破滅する光景を、遠目に眺めながらザマァと鼻で笑えばきっと胸がすくだろう。
「でも、僕の命はリッキーに貰ったものだから、アイツに恥じる真似はできない。陸喜なら〝学級委員長だから止めなくちゃ〟って、飛び出したに違いないから。元勇者パーティ〝C・H・O〟は、俺の手で幕を引きます」
あとがき
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