第313話 両手に花束
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「出雲桃太。わかりましたわ。貴方がわたくしの新しい執事だったのですね!」
「詠さんっ、それは違うよっ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は日本政府から預かった親書を異世界クマ国に届けるべく、冒険者パーティ〝W・A〟の仲間達と共に異界迷宮カクリヨを進んでいたのだが……。
八代勇者パーティのひとつ、〝SAINTS〟の代表であり、長きに亘り屋敷に監禁されていた、箱入り娘の六辻詠がトラブルに見舞われたところを救ったところ、妙に懐かれてしまった。
「ひそひそ(六辻家が影武者を立てた理由って……)」
「しーしー(やめなよ。でも代表として表に出すのはちょっと……)」
焔学園二年一組の研修生達が、半ば偶像化していた勇者の真実を知っておののく声が耳に入っていないのか、六辻詠は二つのお団子髪でまとめた赤い頭髪の上に、天使を連想させる光輪を浮かべ、ジャージの上からでもわかるまるまるとした胸を張って桃太の腕を引いた。
「コケーっ、わたくしの執事になったら。お給金はたっぷり弾みますわよ。永久就職ですわよ。酒池肉林ですわよ」
「詠さん。怖いこと言う前に、協力するからまず実家を取り戻そうね」
なるほど一方の桃太は、六辻詠の熱烈な勧誘にもかかわらず、凍るような寒気を感じて冷や汗を流していた。
「サメー。桃太おにーさんは紗雨のおにーさんだから、取っちゃダメなんだサメー」
なぜなら修道服に似たサメの着ぐるみをかぶる、銀髪碧眼の少女、建速紗雨が桃太の頭に飛び乗るようにして宣言――。
「そうです。お姉さん、いえ、先生の大切な生徒ですから、就職は卒業してからですね」
栗色の髪を赤いリボンで結んだ女教師、矢上遥花が背中に寄り添って、リボンとフリルで飾ったワンピーススーツを押し上げる胸をぴったりと寄り添わせ――。
「そうそう、出雲あたしの親友だからね。ね、ブンオー!」
「BUNOO!」
サイドポニーの鬘をつけた少女、柳心紺が、もこもこした琥珀色の毛並みをもつ八本足の虎、〝式鬼〟ブンオーを撫でながら、もう一方の手で桃太の右手を掴み――。
「そう、出雲君は貴重な研究仲間」
瓶底眼鏡をかけ、白衣を着たショートボブの少女、祖平遠亜が白い鞄を持った手とは別の手で、桃太の左手を握る。
「待たせたなっ、最終ボスたる妾の登場よ。って隙間がなーい!」
最後に、どうにかダイエットに成功した伊吹賈南が、相変わらずの昆布めいた艶のない髪をふりみだしながら、どうにか細い体で入り込もうとしたが、お前の席はないとばかりに弾き飛ばされた。
「コケーっ!?」
詠のなにげない発言が、桃太の周りの女性たちの心に火をつけたのだ。
「あはは、照れちゃうな」
「「なーにが照れちゃうな、だ。野郎ども、目的地に着いたら出雲を暗殺するぞ!!」」
なお、両手に無数の花を独占して鼻を伸ばす桃太を見て、クラスメイトの男子達が朝の静寂をも揺るがすほどに、嫉妬心を燃え上がらせていたことは言うまでもない。
「ここにまだ呉陸羽って子も加わるんだろ? いったい何角関係だよ。相棒ったら、カムロのジジイに弟子入りなんてするから、悪いところまで似ちまったぜ」
あとがき
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