第29話 滅びの理由
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「以遠さん、クマ国の存在を地球に明かせないのは、どうしてですか!?」
額に十字傷を刻まれた少年、桃太に問い詰められて、大型ディスプレイに映る日本政府の外交官、奥羽以遠は浅く息を吐いて、何か大事な事を気づいたかのように顔色が青ざめた。
「カムロ様。矢上さんだけでなく、出雲君をこの場に同席させた理由は、私に説明させるためですか?」
「そうだよ、以遠。僕が話すと萎縮させそうだし、遥花さんは病み上がりで、紗雨や乂は不得手だからね」
カムロが告げた理由は、着ぐるみサメ娘の建速紗雨と、なんちゃって不良少年の五馬乂には、心外だったらしい。
「むー。ジイチャン、そんなことないサメ」
「おいおいジジイ。思い込みは年食った証拠だぜ? 最近白髪が増えているんじゃないの」
「紗雨ちゃん、乂さん、お姉さんと一緒にお茶の準備をしませんか?」
報告を終えた矢上遥花は、カムロに気をきかせたのか、乂と紗雨の二人を連れて祭壇から離れた。
「ああ、矢上さんにも逃げられてしまった。カムロ様は本当にお人が悪い。そうだねえ、出雲桃太君、キミはクマ国がどれくらいの大きさだと思う?」
桃太はこの一週間出会った、里の大人や子供達がギオンやサカイと言った都市名を口にしていたことを思い出し、近畿くらいの大きさかな? と思いつつも、多少のサバを読むことにした。
「に、日本列島くらいですか?」
「うーん、もっと大きいかな」
「ま、まさかアメリカ大陸くらい?」
桃太の返答に、以遠は悪戯っぽくもどこか疲労を感じさせる顔で答えた。
「出雲君。クマ国は地形こそ違うけれど、地球規模の惑星なんだ」
想像もしなかった返答に、桃太は頭の中が真っ白になった。
「わかってくれるかい? そのように広大な領土をひとつの政府、ひとりの指導者が治めているなんて、地球の常識だと信じられないよね」
「広いといってもほとんどが未開地で、点在する里を転移門で繋いでいるだけだ。里もそれぞれの自治に任せている。〝スサノオノミコト〟の役名なんて飾りだよ。僕はただのまとめ役に過ぎない」
以遠の理屈は筋が通っているし、カムロも嘘は言っていないのだろう。
しかし、桃太にはそれだけがクマ国を隠す理由だとは到底思えなかった。
「以遠さん。ひょっとしてカムロさん達が、変わった見た目だからですか? 格好は違っても、こうやってちゃんと話ができるんです」
「うーん、話せるというのも理由のひとつかな。かの英雄、獅子央焔のパーティがクマ国を発見した後、世界各国が接触したんだが、欲深い連中が色々と問題を起こしたんだ」
「……ガラス細工と黄金の交換を持ちかけたり、塩やマヨネーズで土地を購入しようとしたり、あの頃やられたことは忘れていないからな」
桃太は、両手で顔を覆った。
地球側は単に試みただけなのかも知れないが、クマ国にとっては侮辱行為と映るだろう。
「でも、我が国の漫画と米国のサメ映画はウケたようで何よりです」
「いや、本当になんでウケたんだよ?」
「ジイチャンは頭が固いサメ。サメ映画はとぉっても素敵な文化サメ」
「不良漫画だからって、頭から否定する。老人は視野が狭くていけないぜ」
「紗雨ちゃんと乂さんは、どんなお茶菓子が好きかなあ?」
紗雨と乂がちゃちゃを入れるも、遥花が再び二人の意識を逸らして事なきを得た。
「殴りたいあの笑顔。以遠、いい加減引っ張るのはやめろ。お前が言わないのなら、僕が言うぞ?」
「わかりましたよ。出雲君、地球の国々がクマ国の存在を秘密にしているのは、半世紀以上前に〝鉄のカーテンに閉ざされた国々〟が滅んだ本当の理由を、まだ明かすわけにはいかないからだ」
桃太は、歴史の授業で習った近代史を必死で思い出した。
(た、確か半世紀以上前はインターネットやSNSもなくて、他の国が何をやっていたかわからなかったんだっけ? 世界中の国々が東西の陣営に分かれて対立して、その分断を鉄のカーテンと呼んだような……)
諸説あるのだろうが、半世紀以上前には地球が分断されて、冷戦時代と呼ばれていたはずだ。
「かの国々が滅んだ真の理由は、異界迷宮カクリヨのモンスター侵攻じゃない。
――〝鬼の力〟――だよ。
汚染されて正気を失い、互いに覇権を握ろうと争って、内輪揉めで全滅したんだ」
あとがき
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