第2話 〝適性なき少年〟出雲桃太
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出雲桃太は、日本のどこにでもあるような田舎で生まれた。
父母は兼業農家で、苗植えや収穫といった繁忙期こそ手伝いに駆り出されるものの、刺激の無い日々が続いていた。
少しずつ減ってゆく田畑、少しずつ寂れてゆく商店街、少しずつ消えてゆく工場と、……増えてゆく空き地。
日本国の主要産業は半世紀以上前の異変によって異界迷宮探索にシフトし、伝統的な農商工業はシェアを失いつつあった。
「やっぱり稼ぐなら冒険者だな。それに異界迷宮って、誰も見たことのない珍しいモノがゴロゴロしているって話だ。俺も見てみたいなあ」
中学三年になった桃太は、夏休みを利用して都会に出て、有名冒険者パーティ〝C・H・O (サイバー・ヒーロー・オーガニゼーション)〟が運営する全寮制の冒険者育成学校に入学しようと、適性試験を受けた。
意気揚々と配られた灰色のツナギに着替え、身体測定や座学テストに取り組んだものの、結果は散々だった。
何十人もいた試験参加者が合格証を手渡されて帰る中、桃太はただ一人部屋で待たされた。
やがて〝寿・狆〟というネームプレートをつけた若い女性が試験結果らしき書類を持って入室したのだが……。
「出雲クン。吾輩が調べたところ、キミの〝侵食レベル〟は最低値だ。冒険者になるのはおススメしない」
そう告げた、女性試験官の格好は控え目に言ってメチャクチャだった。
ビキニアマーマーというのだろうか?
凹凸の少ない未成熟な身体に、白い水着を連想させる防具らしきものを身につけて、その上に紫色の作務衣をマントのように羽織っている。
おまけに何の冗談か、ナマズ髭のついた鼻眼鏡をかけるという、およそ試験会場にはそぐわない格好だった。
「俺は、冒険者にはなれませんか?」
それでも桃太が受け取った、真っ赤な数字が印字された結果表は本物だった。
肩を落として問いかけると、試験官は困ったように、ナマズ髭をピンと弾いた。
「……なるべきではないネ。〝鬼の力〟に適性がないのは、むしろ喜ぶべきことなんだ。あるいはキミこそが、世界を救う〝切り札〟。救世主となるかも知れん」
桃太は試験が赤点だったのもショックなら、まるで意味不明な評価をされたことにも困惑した。
「そうだ、歴史に興味はあるかネ? 吾輩のパシリ、小間使い、なんなら弟子でもいい。吾輩と共に、千年残る研究を作り上げようではないか?」
桃太が驚きのあまり絶句していると、ナマズ髭をつけた鼻眼鏡の女は、冒険者と無関係の弟子? にまで勧誘を始めたではないか。
「もし弟子入りしてくれるなら、吾輩が愛用する作務衣と草履をプレゼントしよう。洗剤もつけるかネ?」
「待ってください。俺は冒険者になりたくてここに来ました!」
桃太が悪質なキャッチセールスめいた勧誘に難儀していると、バン! という音をたてて部屋の扉が開かれた。
「寿さんったら、何をやっているんですか?」
桃太は振り返って、声の主に視線を釘付けにした。
長い栗色の髪を赤く大きなリボンで結わえ、白いブラウスの上に浅葱色のワンピーススーツを着た女性。
年齢は桃太より少し上だが、まだ二〇歳に達していないだろう。
衣服を青、白、黄といった色とりどりのリボンやフリルで飾り、童顔もあって年齢以上に幼く見えるものの……。
今にも溢れそうな大きな胸部と丸みを帯びたお尻が、強く大人の女を印象付けた。
「そちらの試験は、あくまで参考資料。出雲君は、学術試験も身体試験もちゃんと合格しています」
「遥花さん、貴女ほどの人が言うなら仕方ないネ。だが、出雲クン。冒険者なんてヤクザな商売はやめておけ。弟子になりたいなら、いつでも歓迎するネ!」
かくして珍妙なる試験官、寿・狆は首をこきこきと鳴らしながら、名残惜しそうに去って行った。
「寿さんってば、現役の頃から変わらずやりたい放題なんだから。来年度の新入生を担当する、矢上遥花です。大丈夫、冒険者組合を作った英雄、獅子央焔様だって、最初は初心者だったんです。お姉さんと一緒にドーンと強くなりましょう!」
桃太は安堵し、遥花の向日葵のように輝く横顔に見惚れていた。
しかし半年の学習過程を経て、実地研修に参加した時、彼は思い知ることになる。
寿・狆という珍妙なペンネームの歴史学者が、一〇〇パーセントの善意から忠告していたということに。
あとがき
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2022/10/29
寿(仮名)が、「男性に見せかけていた」という設定を破棄。
本物の姿で登場させました。