第276話 前進同盟の方針転換
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西暦二〇X二年七月二七日。
桃太の親友である呉陸喜こと、黒騎士一行は、天然ガスが噴出し、青白い火柱が揺れる異界迷宮カクリヨの第八階層〝残火の洞窟〟で、クマ国の過激派団体〝前進同盟〟の移動基地である、幅二メートル、車高四メートル、長さ一五メートルに達する巨大車両ホバーベースを発見。合流に成功したのだが――。
「今から六辻家と〝SAINTS〟が築いた拠点、〝三連蛇城〟に向かう。キャンプを張って、クーデター発生と同時に城のひとつを落とすぞ。吾輩達、〝前進同盟〟は、冒険者組合に寝返ることにした!」
「「はあ!?」」
代表であるオウモから下された新たな命令は、従来の方針から一八〇度方向転換した、意味不明なものだった。
「オウモさん、地上に攻め込む準備を進めるんじゃなかったんですか?」
「方針が変わったんだ。黒騎士クン。吾輩たち〝前進同盟〟は、六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟の秘密同盟とは手をきり、〝三連蛇城〟に攻めこむことを条件に、日本政府と冒険者組合へ寝返ることにする」
「「なんでそうなるんだ!?」」
ナマズ髭のついた鼻眼鏡をかけ、小柄で痩せた体に白い水着めいたビキニアーマーを着た女。
オウモの突飛すぎる発言を見過ごせず、黒騎士だけでなく、その場の全員がツッコミを入れた。
「ムラサマ、方針転換って、俺様達が戻るまでの短期間で何があったか想像できるか?」
「わ、わからないでち。妖刀にもどうにもならないことはあるでち!」
「こ、この発想はなかったっ」
黒騎士とは別のバイクにまたがっている、鉛色髪の巨漢青年、石貫満勒、彼の愛刀であるムラサマと、その師匠であるセグンダも揃って頭を抱えていたが……。
「ぜ、〝前進同盟〟は、日本政府と決別するんじゃないんですか?」
特に衝撃が大きかったのは、黒騎士と同じバイクに乗っていた、長い黒髪とスレンダーな肉体にライダースーツが調和した美しい女性、炉谷道子だろう。
「オウモさん。それじゃあ、私はなんの為に詠お嬢様を裏切ったんですか? 台無しじゃないですかあ」
旅の間はいつも冷静だった道子は、衝撃のあまりバイクの後部座席から転げ落ち、大切な片眼鏡もとりおとして、白い石と黒い泥が混ざった大地に膝をついて両手で顔を覆っていた。
「すまないね、道子サン。状況が変化したといえ、はしごを外すことになってしまった」
黒騎士も、オウモの軽薄な言いようにはさすがにカチンときた。
(これは、ひどいな。道子さんの覚悟と忠義を踏みにじるような方針変換じゃないか)
炉谷道子は、八大勇者パーティのひとつ、〝SAINTS〟の代表であり、六辻家の当主でもあった六辻詠の守り役で、家宰の職を務めていた。
しかし、六辻剛浚ら一族の重鎮達は、詠の意思を無視して幽閉し、影武者を立てて日本政府へのクーデターを決めてしまう。
故に道子は主君である詠を逃がし、巻き込まないようあえて離れたのだ。その覚悟を台無しにするやり口は、到底受け入れられるものではないだろう。
「私は一〇年続けていた、〝ラヴリイ詠様すくすく日記〟の執筆を止めたんですよ。だというのに、すまないの一言で終わらせないでください!」
「……え?」
あとがき
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