第26話 遥花の目覚め
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西暦二〇X一年一一月一七日の昼。
出雲桃太がカムロと共に休耕地で必殺技の練習に励んでいると、一羽のカラスが飛んできて、意識不明で入院中だった矢上遙花の目覚めを報せてくれた。
「カーッ、カーッ」
カラスが足に結えた手紙によると、彼女は空に浮かぶ岩盤に設置された祈祷台で、最後の治療を行っているのだという。
「カムロさん。矢上先生の元へ行っても、かまいませんか?」
「勿論だよ、桃太君。少しややこしいから案内しよう。まずは屋敷に向かおうか」
桃太はカムロに連れられて、屋敷の隅に設置された石造りの門を開いた。
地上から異界迷宮に入った際にくぐった、光り輝く〝裂け目〟と似た機能があるのだろう。
二人は次の瞬間、赤い鳥居や樹木の橋に囲まれた、空に浮かぶ逆三角錐型の岩盤上へと転移していた。
桃太は、眼前の光景が変化したことに驚く余裕すらなく駆け出した。
雲海に突き出た見晴らしの良い岩場に大きな円形の鏡が置かれ、米、酒、昆布、梅干などが供えられた祭壇で、遥花が祈りを捧げていたからだ。
「矢上先生!」
額に十字傷を刻まれた少年が、今朝まで眠り姫だった恩師の肩を抱くと――。
「出雲君!」
桃太は逆に、薄い緑と藍色のフリルワンピースを着た栗色髪の女性に強く抱きしめられた。
彼女の大きな胸に顔を埋めると、心臓の音が聞こえた。恩師が生きていてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「お姉さんが眠っているうちに……、出雲君が逞しくなって、お姉さんは驚いちゃった」
「カムロさんに鍛えて貰ったんです。これ、預かっていた赤いリボンです。お返しします」
「〝夜叉の羽衣〟は、桃太君達が封印した後、僕が鬼気を祓っておいたよ。後遺症もないはずだ。じきに食事が届くから待っていてくれ」
桃太から赤いリボンを受け取って、遥花が長い栗色の髪に結ぶ。
そんな感動の再会は、穏やかな歓声と冷たい視線によって中断された。
「サメッサメー」
「ふん」
カムロの屋敷から転移して、粥を入れた竹の水筒と食器を持ってきたのは――。
サメの着ぐるみに入った銀髪少女、建速紗雨と、革ジャンとドカンボトムという勘違い不良ファッションを身につけた金髪少年、五馬乂だった。
「乂様、生きておられたのですね」
「生憎な」
「出雲君、この方は八大勇者パーティのひとつ〝N・A・G・A〟の代表であらせられる……」
「お前が様なんてつけるな。一〇年前の事件でオレは死んだことにされて、クマ国に亡命中だ。今の五馬家当主は、弟の碩志が継いでいる」
桃太も一〇年前、英雄だった獅子央焔が亡くなった後、彼の縁戚である八代勇者パーティで不幸が続いたと聞いていた。
しかし、当時の彼は小学校に入ったばかりだったし、兼業農家だった実家も不況やら天災やらでてんてこ舞い。それどころではなかったのだ。
「すごいな。乂って、御曹司だったのか」
「オレはオレで、桃太の相棒だよ。あとサメ子の兄貴分な」
「へへっ、俺も紗雨に、おにーさんって呼ばれているぞ」
「二人とも頼りない兄で困ってしまうサメ。サメエっ」
桃太と乂は拳を水平にぶつけ合うフィスト・バンプを交わし、着ぐるみから顔を出した紗雨の銀髪をわしゃわしゃと撫でた。
遥花が三人を優しく見守る中、牛頭の仮面を被った幽霊カムロは、祭壇に供えられた鏡や神饌を下げて、代わりに幅二〇〇センチと高さ一〇〇センチはある大型ディスプレイを置いた。
「カムロさん、一〇〇インチ超えの大型モニターなんて、いったいどこから手に入れたんです?」
桃太は祭壇に、あまりに不似合いな電子機器が置かれているのを見て、愕然とした。
「日本政府に貰った奴だよ。遥花さんにはもう少し休んで欲しいところだが、ちょうど地脈も安定しているし、今から地球に〝通神〟を繋ぐ」
「通信? 精密機械が使えないはずなのに、そんなことが出来るんですか!?」
「桃太君。神通力を通すと書いて、〝通神〟と読むんだ。ここはクマの里の力を集める祈祷台だから出来るが、それでも時間は限られている。早速、始めよう」
あとがき
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