第274話 驚天動地の一手
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「今の日本政府と冒険者組合には、吾輩たち、〝前進同盟〟を排除する手段がない。だから弟子の桃太クンに新パーティを作らせて、師匠であるカムロに介入するための大義名分を与え、クマ国を動かそうという腹づもりなんだろう。いいとも、正面決戦がお望みとあらばのってやろう!」
冒険者組合代表である獅子央孝恵は、クマ国の反政府団体、〝前進同盟〟の長、オウモの罵声を聞きながら、タオルで汗をぬぐい、制汗スプレーを体にかけた。
(ここからが、本番なんだな)
そう、出雲桃太が出した新パーティ設立の提案は、混沌とした盤面を揺るがす、驚天動地の一手だった。
異世界クマ国を統べる代表カムロの弟子であり、地球の日本で二度に亘るクーデターを阻止した英雄。
そんな桃太だからこそ、二つの世界の均衡をも左右するのだ。
「誤解されては困るんだ、な。ぼくは恩には恩で返すつもりだった。〝J・Y・O〟を退け、〝S・E・I〟を倒した後は、のんびりして欲しかったんだ。桃太君が得るはずだった夏休みという、貴重な青春の時間。それを台無しにしたのは、オウモさん達、〝前進同盟〟だろう」
孝恵は呼びかけながら、こわばっていた体から力が抜けるのを自覚した。
(視点は違っても、縁のあった桃太君を巻き込むことに怒る。オウモさんの根っこは善人だ。あとは視点の違いを補正すればいいんだ、な)
オウモが先ほど投げ放った〝桃太の日常を破壊した〟という発言は、彼女自身の後頭部へ直撃するブーメランに他ならない。
(ぼくにも、愛する賈南と夫婦水入らずで過ごす穏やかな時間があった。桃太君にも戦いなんて非日常は忘れて、仲間達と過ごして欲しかったんだ、な)
だからこそ、孝恵は桃太の代わりに、バカンスを台無しにされたツケを取り立てようと腹に力をこめる。
オウモが冷静であれば、交渉のアドバンテージは確実に奪われただろう。されど、彼女が動揺した今なら、孝恵にもチャンスがある。
「オウモさん、こちらの望みは正面決戦なんかじゃない。〝前進同盟〟は、六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟が目論む三度目のクーデターに巻き込まれているだけだろう? だから彼らと手を切って、半年でいいから、カムロさんを仲介に、停戦同盟を結んで欲しいんだな」
「ハアア!?」
孝恵はオウモの驚く声に手応えを感じて、携帯端末を握る手に力をこめた。
(クーデター軍の兵站を支えているのは、〝前進同盟〟だ。ここのラインを切れば、戦況は一変する。桃太君達を巻き込む以上、絶対に勝てる盤面を整えるんだな!)
続いて畳み掛けるように、最後の切り札を投入する。
「時間が必要なのはお互い様、なんだな。今、ぼく達が正面衝突しても喜ぶのは、漁夫の利を狙う八闇越斗くらいだろう。それじゃあ、ぼく達だけしゃなくて、オウモさんも困るんじゃない、かな?」
携帯端末は一瞬沈黙し、次に響いてきたのは、怒り、悲しみ、愉しみ、いくつもの感情がないまぜんになった笑い声だった。
「アハハハ! 獅子央賈南め、八岐大蛇の代行者だけあって、とんでもない弟子を育てあげたものだネ。たしかに、八闇越斗だけは認められない。奴は吾輩の友の仇で、クマ国の敵だからだ!」
オウモは叫ぶだけ叫んで冷静になったのか、呼吸にも静寂が戻った。
「いいとも、ミスター昼行燈。吾輩の条件をひとつのんでもらえれば、半年の停戦に応じよう」
「条件って、何かな? あまり無茶なものは困るんだ、な」
「なに、簡単で、そちらにも利があることだヨ。桃太クンが、新パーティを結成するにしても、二つの国家が絡む以上、相応の準備が必要だろう。吾輩達がその時間を稼いでやろうというんだ――」
西暦二〇X二年七月一三日未明。
この日、日本国の冒険者組合と前進同盟の間に、半年間の停戦が成立。
六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟が八月に予定していたクーデターを、おおいに揺るがすこととなる。
あとがき
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