第273話 孝恵の本心と、オウモとの交渉
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「オウモさん、夜分すまない。耳寄りな情報を持ってきたんだな」
冒険者組合代表にして、桃太達が通う冒険者育成学校、焔学園の校長でもある獅子央孝恵が、異世界間通話が可能な携帯端末を使って連絡を繋いだのは、異世界クマ国の反政府勢力、〝前進同盟〟の代表オウモ。
日本国へのクーデターを目論む、勇者パーティ――六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟を、財政と技術の両面でサポートする、最大の政敵とも呼べる人物だった。
「へえ、驚いたネ。日本国と冒険者組合は、クマ国の政府、カムロ側に着くと思っていたヨ。耳寄りな情報とは、何を聞かせてくれるんだい? スーパーの特売チラシなら、間に合っているよ」
軽口を叩くオウモに対し、孝恵は特大の爆弾を投げつけた。
「オウモさんもよく知る、出雲桃太君が、新冒険者パーティを結成することを決めて、カムロさんに相談するためにクマ国へ向かった。彼は日本国政府から預けられた親書を持っている。この情報を元に取り引きをしたい」
孝恵は、正念場を前に携帯端末を握る手が震え、着替えた服が汗でびっしょり濡れるのを自覚した。
もしも遠距離通信でなく、面と向き合っての交渉であったなら、一目で見抜かれるだろう見せ札だ。
『桃太が親書を手にクマ国代表のカムロを訪ねる』という行動が持つ、政治的な意味は大きい。
師弟関係にある桃太とカムロの縁を伝って、日本国とクマ国が同盟する、と解釈できるからだ。
(そして、こちらは想定外だったけど、『桃太君が新パーティ結成を決めて、冒険者組合の側に立つと言ってくれた』……これは、クマ国政府の介入を阻止したかった〝前進同盟〟にとって一番避けたかった展開だろう)
孝恵の発言は、オウモを想像以上に揺さぶったらしい。彼女の呼吸は酷く不安定になっていた。
「クソ野郎っ。獅子央孝恵、割れ鍋に綴じ蓋とはよく言ったものだ。お前は八岐大蛇の首、伊吹賈南とお似合いだヨ。恋に狂った男というものは、まったくもって度し難いネ!」
孝恵は罵声を浴びせられながら、奇妙な高揚を覚えていた。
自分はかつての妻と同じ立場にいるのだろうか?
(八代勇者パーティのうちの二つ、四鳴啓介が率いる〝S・E・I 〟、一葉朱蘭が主導する〝J・Y・O〟がクーデターを目論んでいると知ったぼくは、危険と知りながら桃太君を焔学園に転入させた。オウモさんの言うことは、まったくの正論なんだな)
孝恵がオウモとの電話会談前に、五馬碩志に語った言葉。
その半分は真実だが、もう半分は嘘だ。
孝恵が、八代勇者パーティの暴挙を止めようと動いている理由は、『冒険者組合の代表だから』ではない。
『妻だった賈南を、八岐大蛇から取り戻したい』という夫の愛情からだ。
「オウモさんの言う通りなんだな。桃太君がひので荘で盗聴器や監視カメラにさらされたのも、呉陸羽ちゃんを利用した暗殺まで受けたのも、ぼくのせい、だ。クソ野郎なのは、言われなくても自覚している」
孝恵は、桃太を利用している。
だからこそ、彼を守るために、この交渉に挑むのだ。
第一段階として、普段は余裕綽々とした態度を崩さないオウモを動揺させることに成功した。
「獅子央孝恵。この悪党め。悪びれもせずに、桃太クンが掴んだ日常をまた破壊するというわけか!」
孝恵は、オウモの大声を携帯端末越しに聞いて、耳がツーンとした。
「今の日本政府と冒険者組合には、吾輩たち、〝前進同盟〟を排除する手段がない。だから弟子の桃太クンに新パーティを作らせて、師匠であるカムロに介入するための大義名分を与え、クマ国を動かそうという腹づもりなんだろう。いいとも、正面決戦がお望みとあらばのってやろう!」
あとがき
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