第272話 獅子央孝恵の秘策
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西暦二〇X二年七月一二日の深夜。
東京湾内部に造成された巨大人工島〝楽陽区〟の中心に位置する、金銀で飾られた豪奢な和風屋敷の書斎に座る、丸々とした恰幅のよい中年男、獅子央孝恵は、ほっと安堵の息を吐いた。
(二度のクーデターを鎮めて新しい英雄となった出雲桃太君が、冒険者パーティを作って、冒険者組合についてくれると約束してくれた。これなら賈南を八岐大蛇から助けだせるかも知れない)
緊張のあまり、彼が着た薄手のパジャマは汗でびっしょりと濡れていた。
異世界間通信を可能とする〝神通力〟がこめられた、金色のボールストラップつきの携帯端末から届く音を聴くに、どうやら出雲桃太と彼の仲間達は、宴会と会議を終えて、それぞれのテントに戻っていったらしい。
今、携帯端末の向こう側から聞こえてくる息遣いは、勇者パーティ〝N・A・G・A〟の代表、五馬碩志だけだ。
「碩志君。この携帯は明日の朝、桃太君に渡して欲しい。代わりの携帯端末は、次の補給ポイントに回しておくんだな」
「わかりました。ですが、孝恵代表。日本政府からの依頼とはいえ、八代勇者パーティのうち二つ、六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟がクーデターを引き起こそうとしている今、桃太さんと焔学園二年一組をクマ国へ行かせて良いのですか? 彼らには地上に戻ってもらった方が、冒険者組合の士気があがると思いますが……」
碩志の考え方は一理あるが、孝恵は桃太を呼び戻すつもりはなかった。
「碩志君。これは優先度の問題なんだな。
コードネーム〝ミスターシノビ〟こと、乂君が奪ってきてくれたクーデター計画書のおかげで、日本政府転覆の企てを知り、先手を打てるようになった。
しかし、結局のところ、六辻と七罪、両家を支援する異世界クマ国の過激派団体〝前進同盟〟をなんとかしないと根本的な解決にならない。
その為には、桃太君達にクマ国へ行ってもらう必要があるんだ、な」
「乂兄さん、ミスターシノビって……、相変わらず変なセンスだなあ。と、失礼しました。確かに〝前進同盟〟が介入しなければ、勇者パーティ〝SAINTS〟と〝K・A・N〟がかくも強引に日本国へ反旗を翻すことはなかったでしょう」
碩志の声は、年齢以上に冷静な彼らしくもなく、震えていた。
「乂兄さんと桃太さんが、四鳴啓介と〝S・E・I 〟の反乱を命懸けで止めてくれたのに、この有り様です。ボクは〝前進同盟〟のオウモ代表が恐ろしい。彼女は我々には理解できない、異世界人の視点で動いています。八岐大蛇を倒すために、まるで地球全てを駒と見ているようだ」
「自分で言うのもなんだけど、ぼくとは次元の違う指導者なんだ、な」
孝恵が困ったように呟くと、携帯端末の向こうから碩志の苦笑する声が届いた。
「ですが、孝恵様、自信を持ってください。桃太さんは自分で冒険者パーティを作ると決めて、他の誰でもない貴方に着くと仰ったんです。貴方はダメなところも多々あるおひとですが、一番、人間味がある」
「それは褒め言葉なのかい? だが、ありがとう、碩志君。確かにぼくは、鬼にはなりたくない。だから、冒険者組合代表として、なすべきことをなすとしよう。明日改めて連絡するよ」
孝恵は碩志との通話を終えた後、シャワーを浴びて服を着替え、携帯端末を再び手に取って、とある連絡先にコールした。
「オウモさん、夜分すまない。耳寄りな情報を持ってきたんだな」
あとがき
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