第270話 桃太だからできる仕事
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「まったく心強いよ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太の独り言を聞いて、黒い癖毛の少年、五馬碩志は、はしゃぎすぎていたことを自覚したのか、ごほんと咳払いをした。
なにせ、彼が手にした金色のボールストラップ付きの携帯端末は、クマ国の武神カムロの神通力を借りることで異世界の壁をこえて、冒険者組合代表、獅子央孝恵に繋がっているのだから。
会話が途切れた瞬間を見越して、孝恵はのんびりした口調で語り始めた。
「桃太君。六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟のクーデターについては、心配しなくていい。あいつらは〝クーデターで日本政府と冒険者組合を倒せる見込み〟だから、一時的に手を組んでいるだけだ。桃太君がぼく達の側に立つという情報だけで、おおいに揺さぶることができるんだ、な。でも、いざ新しい冒険者パーティを結成するとなれば、人材に資材、資金を集めるだけでも、時間がかかるんだな……」
「そうですね、勇者パーティ〝N・A・G・A〟も支援しますが、夏期休暇が終わる八月末までのお時間はいただきたい」
「わかりました。孝恵校長、碩志君。その間に、何か俺にできることはありますか?」
桃太が尋ねると、孝恵の声音が弾み、碩志もまた悪戯っぽく目を細めた。
「もちろんなんだ、な。桃太君にしかできない仕事。重要な役割が有るんだな」
「実は、焔学園二年一組の皆様を連れて、クマ国へ向かって欲しいのです」
「え、クマ国へ?」
桃太が想像もしていなかった提案を聞いて、目を大きく見開いたのは言うまでも無い。
「実は夏休みだから、建速紗雨様ちゃんを一度クマ国に里帰りさせて欲しいと、カムロさんから連絡があったんだな」
「サメーっ! ジイチャン、そういうことはたのまなくていいサメエ」
桃太の隣に座る銀髪碧眼の少女、建速紗雨は唐突に話題の中心になるや、白いジンベエザメの着ぐるみのフードを目深に被り、恥ずかしそうに身悶えした。
「でも、紗雨ちゃん。啓介さんとのいざこざが始まってから、全然連絡していないみたいじゃないか」
「だって面倒なんだサメエ。便りが無いのはいい便りなんだサメエ」
「シャシャシャ、サメ子の言う通りだぜ。おい、碩志、その目、怖っ」
碩志は、紗雨と同じように音信不通だった兄、五馬乂を刺すような瞳でにらんだ後、携帯端末から聞こえてくる孝恵代表の音声に合わせるように、厳重に封をされた封筒を桃太へ差し出した。
「新パーティ結成前の、良い箔付けになるんだな。ぼくは、桃太君と焔学園二年一組を、紗雨さんの護衛をかねた使者として、派遣したいんだな」
「こちらが日本政府から、クマ国の代表、カムロ様宛ての親書になります」
「親書かあ、責任重大なあ」
桃太は特に考えもせず親書を受け取った後、おかしいことに気がついて、顔色を黄色から赤、青と信号機のようにくるくる変えた。
「待ってください。孝恵校長、クラスの皆にクマ国のことを明かしていいんですかっ! 日本政府と冒険者組合は、これまで異世界であるクマ国の存在をひた隠しにしていたじゃないですか。親書なんて、送っちゃっていいんですか?」
あとがき
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