第265話 盤面を揺るがす一手
265
(クーデター蜂起は防げないのかもしれない。だったら、少しでも早く終わらせる方法はないのか? 俺に出来ることは……、待て。逸るんじゃない。冒険者組合だけで無理なら他の組織を頼るとか、可能性を探るんだ)
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太はテントの中で立ち上がり、栗色の髪を赤いリボンで結んだ女教師、矢上遥花の手をとった。
「遥花先生。異界迷宮の中は八岐大蛇の呪いで機械が使えないけれど、外なら現代兵器だって動かせるはずだ。警察だけじゃなくて、自衛隊であれば、六辻家と〝SAINTS〟、七罪家と〝K・A・N〟のクーデターを早期に鎮められませんか?」
桃太は、自衛隊によるクーデター阻止に一縷の望みを託そうとしたのだ。
「桃太くん。自衛隊は、外国の侵略に対し自衛するための組織なの。国内外から圧力があったのでしょうけど、三縞家と〝C・H・O 〟、四鳴家と〝S・E・I 〟が引き起こした内乱、二度のクーデターにも即応できてきていません」
「あ、はい」
しかし、遥花が桜色の浴衣を押し上げる大きな胸を弾ませながら、息の触れ合う距離まで顔を近づけ、教え諭したことで……。
桃太は照れて冷静になり、目を逸らしながらゆっくりと肩を落とした。
「さ、サメー。近いサメっ、近すぎるサメ。それ反則サメーっ」
もう片方の隣に正座していた銀髪碧眼の少女、建速紗雨がジンベエザメを模した着ぐるみのマエヒレめいた袖をバダバタと振り回しながら、桃太と遥花の接近を邪魔しようとしているが、それどころではない。
「以前からよくしてくれた、外交官の奥羽以遠さんも、緊急事態なのに、一部の政党や議員が邪魔して、クーデター対策が遅れに遅れたことを嘆いていたものなあ」
桃太は、深い息を吐く。
昨年から続く勇者パーティによる二度のクーデターは、一部の政治家と官僚の悪意によって、桃太ら、冒険者見習いの研修生が中心となって止めるという、ハチャメチャな結末を迎えていた。
「桃太君。ワタシ達、三縞家と〝C・H・O 〟は、空間干渉兵器〝千曳の岩〟を用いて妨害したし、四鳴家と〝S・E・I 〟は、〝神鳴鬼ケラウノス〟で電気異常を引き起こしたわ。地上侵攻を担当する七罪家と〝K・A・N〟がなにかしらの切り札を隠し持っていたとしても不思議はない。たとえ、自衛隊が動けるようになったとしても、アテにし過ぎるのは危険よ」
「そうですね。六辻家と〝SAINTS〟の計画書ですから、詳細は不明ですが……。七罪家には自衛隊を止める秘策があると記されています。五馬家と〝N・A・G・A〟が工作員を潜入させて内偵中ですが、すでに怪しい〝鬼神具〟をいくつかピックアップしています」
「そうか、六辻家も七罪家も、本気なんだな」
桃太は、一度は日本国へ反乱を起こしたテロリスト団体の代表であった、三縞凛音と、クーデター鎮圧の最前線にいる勇者パーティ代表の五馬碩志の意見が合致したことで、大乱の予感に身震いした。
「もう俺達にできることはないのかな……」
「サメエエっ、なんだか腹が立ってきたサメエ。あれもだめ、これもだめ、桃太おにーさんは人助けをしたいのに、どうしてテロリストのいいようにされなきゃいけないサメエ?」
紗雨は頬を膨らませてぷんぷんと怒っているが、桃太も同感だった。
(これが良いことなのかはわからない。でも、決断するならば、いまだ)
だから、啓介との別れから少しずつ胸の内で温めていた計画を、口に出した。
「孝恵校長、それにみんな。俺が焔学園二年一組をもとに、新しい冒険者パーティを設立するというのはどうかな?」
西暦二〇X二年七月一二日の夜。
出雲桃太が出した提案は、混沌とした盤面を揺るがす、驚天動地の一手だった。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)