第259話 異界迷宮の技術革新
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「あれ、おかしくない? 機械が使えないのはずなのに、六辻家と〝SAINTS〟は、どうやって〝三連蛇城〟みたいな拠点を築けたんだ? この鞄が軽トラック並の容量があるからといって、運べるのはせいぜい三〇〇キロちょっと。ピラミッドや古墳じゃあるまいし、重機もなしにあの規模の建物を作り上げるのは、さすがに力不足だろう?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太はモノクロの銀板写真を見ながら首を捻ったのだが、勇者パーティの事情に通じる黒い癖毛の少年、五馬碩志が示した答えは意外なものだった。
「桃太さんが指摘されたように、内部空間を操作するカバンといえど、持ち運べるのはせいぜい三〇〇キロ。鞄ひとつだけで運用するのなら、無数の砦と三つの城が並ぶ巨大城塞を築くのは到底不可能でしょう。
しかし、冒険者パーティ〝Chefs〟が使っているような蒸気機関付き大八車のコンテナに鞄一〇〇〇個を詰めれば、三〇〇トン。
金に糸目をつけなければ、わずか一台で一〇トンの大型輸送トラック三〇台分に匹敵する運搬能力を発揮できます。そして、運び込んだ蒸気鎧を使えば、〝鋼騎士〟のような怪力を発揮して、人力で重機の真似をすることも可能なのです」
桃太は、黒い癖毛の少年、碩志の丁寧な解説を聞いて、そんな抜け道があったのかと呆然とした。
なるほど、技術の進歩といっても、ひとつひとつはたいしたことないように見える。
しかし、組み合わせるととんでもない。
〝前進同盟〟が積極的にクマ国の知識を流出させ、地球の生産力と混ざり合った結果、異界迷宮カクリヨには前代未聞の技術革新が起きてしまったらしい。
「異世界クマ国の過激派〝前進同盟〟が売り出した、〝蒸気鎧〟、〝内部空間操作鞄〟と〝蒸気機関つき大八車〟の拡散によって、地球の政治バランスは一変しました。桃太さんと乂兄さん、建速さん達が、四鳴啓介とテロリスト団体〝S・E・I 〟を倒してから、わずか半月なのに……。異界迷宮カクリヨは、ニンゲンとモンスターが争うだけでなく、世界中の政府組織と反政府組織が争う鉄火場となりつつあります」
桃太が、碩志が新たに取り出した複数のガラスプレートを覗き込むと――。
さまざまな国の民族衣装の上に、ランドセル付きの装甲服を羽織った戦士達が、まさに目の前にある鞄を積んだ大八車引きながら、迷宮の内外で激突するモノクロ写真がおさめられていた。
「日本だけでも、異界迷宮カクリヨに繋がる〝時空の裂け目〟は、北は北海道から南は沖縄まで点在しています。地球におけるゲートの位置は、異界でもある程度反映されますが……、国同士が地続きのヨーロッパやアフリカとなれば、悪用して国境を越えることすら容易い。カクリヨを進軍経路として使うテロリストすらいるのです」
「それは、ひどいな。異界迷宮は未知を探索するフロンティアのはずだったのに、いつの間にか人間同士が争う戦場になっているじゃないかっ」
「はい。ボクには伝説上の八岐大蛇よりも、地球上でとめどなく広がってゆく戦争やクーデターの方が怖い。日本も他人事ではありません」
碩志は、剣呑に目を光らせる。
「乂兄さんが奪取したクーデター計画書によれば、今年の八月前半に六辻家と〝SAINTS〟が異界迷宮カクリヨ内部から日本政府に宣戦布告し、冒険者組合の討伐軍をひきつけた後、七罪家と〝K・A・N〟が地上で蜂起。両軍による挟み撃ちを想定していました」
あとがき
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