第249話 仮面の下
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「凛音さんも、啓介さんも一度は鬼に堕ちた。セグンダさんは、詠さんがそうならないよう死んだことにして、六辻家から解放するつもりだったんじゃないのか?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太の問いかけを聞いて、バイザーめいた仮面で顔を隠した水着鎧の女剣鬼、セグンダの声色が変わった。
「なんだ。気づいたのかい? 出雲君が見抜いた通りさ。私は職場の同僚に、本物の六辻詠を死んだことにして欲しいと頼まれたんだよ」
「セグンダさん、同僚って誰のことですか!?」
「……それは、私です」
次の瞬間、凛音が先ほど見抜いたもう一台のバイクが、黒騎士が銃撃で陽動をかける逆方向から飛び出した。
「影武者殿。盟主オウモからの依頼により、お迎えにあがりました。鬼術・〝紅刃燦然〟」
セグンダを迎えに着た、ライダースーツを着た黒髪のスレンダーな女性は、倒木から落ちた葉を操って、桃太達を遮るように壁を作ったではないか?
「コケエエエッ」
彼女の技は、他の誰でもない赤い二つのお団子髪の少女、本物の六辻詠が使った術に酷似していた。
「貴女は、まさか炉谷道子さんか?」
桃太は、バイクシートにまたがった、黒い長髪の女性を一度だけ見たことがあった。彼女が亡き親友、呉陸喜を訪ねてきたことがあったからである。
「み、みっちゃん。詠はわたくしよ。なんで、偽物の方にいるの?」
「詠お嬢様。私は貴方を、六辻という檻から解放したかった」
炉谷道子はバイクに跨ったまま、ヘルメットを一度脱いで、深々と礼をした。彼女の〝鬼神具〟だろうか?
地上ではつけていなかった片眼鏡が、冷たく輝いた。
「けれど、余計なおせっかいだったようです。おさらばです、詠お嬢様。私は、彼女達、〝前進同盟〟と共に行こうと思います。この世界を変えるために」
「待ってよ、みっちゃん。わたくしには貴女が必要なの。見捨てないで、一人にしないでやめてえええっ」
詠はセグンダと共に去ってゆく道子に、声を枯らして必死に呼びかけるも止まらない。
「泣かないで、詠お嬢様はもう一人で立てるはず。ああ、食べ過ぎだけはいけませんよ。食前に手を洗い、食後の歯磨きも忘れないように」
「ファファファ、詠さんは子供かっ。キミも過保護だねえ。それでは、また会おう」
セグンダは、道子が運転するバイクの後部座席に飛び乗った。
「おおっと」
しかし、鬼面からバイザーに戻ったことで限界が来たのか、ぱりんと崩れて今まで隠されていた素顔があらわになった。
(セグンダさん、綺麗な人だな)
桃太の感想はそんな単純なものだったが、三毛猫姿の凛音は違った。
「ニャ!(うそよ)」
まるで幽霊でもみたかのようにがっくりと項垂れて、力無く崩れ落ちる。
「やはり、貴女でしたか」
「嘘だ。あり得ないんだぜ」
セグンダの顔を見て、衝撃を受けたのは、五馬兄弟も同じだ。
桃太が見る碩志の顔は真っ青で、相棒たる五馬乂に至っては、血の気がごっそり引いて土気色だった。
「瑠衣姉さん、アンタは死んだ。オレはこの目で死んだところを確認したし、遺体だってカムロがちゃんと日本に送ったんだ」
「先に言っただろう? 異界迷宮カクリヨの中では、地球の常識は通用しない。なるほど、二河瑠衣は確かに死んだろう。大切な弟分を守り切った彼女に、未練なんてなかっただろうさ」
セグンダは片目を閉じて微笑むと、日の光が暮れる薄紫の空の下で、大きく手を振った。
「だが、ここは鬼の世、カクリヨだ。〝よく似た別人〟が、二河瑠衣の記憶と無念を引き継ぐ、〝二番目〟が生まれていても不思議はないだろう? じゃあ、またね。孝恵代表にもよろしく」
あとがき
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