第243話 家督を象徴する鬼神具
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「言いたいことは山ほどありますが、ボクが乂兄さんを恨むわけがないでしょう。家族が生きていたんだ、こんなに嬉しいことはない」
日焼けした肌の黒い癖毛の少年、五馬碩志は、そう満足そうに微笑んだ。
父と兄と親戚を失い、傾いた五馬家と勇者パーティ〝N・A・G・A〟を維持するのは、並大抵の苦労ではなかっただろう。
それでも、そう断言できるところが、勇者としての器量を感じさせた。
「早速、生き別れにならないといいけどね!」
水着鎧を着た女剣鬼セグンダは、乂のあごを白い足で再び蹴飛ばした後、長剣を振るうとみせかけて、左手を猛獣の前足に変化させて、碩志の腹を裂こうとした。
「その技も、〝獣変化〟によるものですか。まさか二河家や〝S・O 〟と共に失われたはずの〝勇者の秘奥〟。その使い手がいるならば、こちらも出し惜しみなしでいきます」
碩志は、ナイフの如き爪で右腕を大きく裂かれるも、右手の独鈷杵で切り返し、左手を天へ掲げ――。
「バサラ、いや。〝転輪鬼ヴリトラの骨〟よ。ボクに力を貸してくれ、舞台登場 役名宣言――〝鬼勇者〟!」
自らが勇者であると堂々宣言、左手の中に蛇に似た鬼面を作り出してかぶった。
膨大な鬼気が、夕暮れの戦場を震わせる。
「……よし、詠さんの血も止まったぞ。リンちゃん、転輪鬼ヴリトラって何?」
桃太はニワトリに変化した少女、六辻詠の治療を終えたところ、耳慣れない鬼の名前を聞いて戸惑い、同じように一息入れた三毛猫姿の三縞凛音にたずねた。
「ニャンニャンニャン(インド神話に登場する、乾季と雨季の移り変わりを起源とする邪竜、あるいは大蛇ね。〝転輪鬼ヴリトラの骨〟は、バサラの愛称で呼ばれていて、五馬家の家督を象徴する鬼神具なのよ)」
「へえ、そうだったのか」
桃太と凛音が情報を交換する間も、本気を出した碩志は、乂と共にセグンダと互角に切り結んでいた。
「……凛音姉さんが説明した通りです。乂兄さんが生きていた以上、この戦いが終わったらお返しします」
「だから、碩志。返されても困るんだって。一〇年前、二河家と五馬家が、他の勇者パーティに襲われて全滅した時、瑠衣姉さんが命懸けで助けてくれたから、オレはこうして生き延びることができた。でも、戸籍上はもう死んだ人間だ」
乂は猛獣の爪をかいくぐりながら、頭部を狙ってランニング・エルボーを繰り出すが、セグンダは命中する寸前に肩を厚い毛皮で覆って盾にした。
「碩志。オレがやるはずだった……、夏休みの宿題を全部任せきりにしたことは、本当にすまないと思っている。でも、バサラも、五馬家も、お前がオヤジから受け継いだんだ。今更、他の奴がしゃしゃり出るのは筋違いってやつだ。オレも別の鬼神具を得たし、凛音と同じで、地上に帰るつもりはもうない」
乂は、一〇年ぶりに会った弟に対してそう告げた。
「乂……」
「ナー(ワタシのことは、いいのよ……)」
乂の相棒である桃太も、幼馴染である凛音も、汗で乂の顔がいつになく真剣だったために、口を挟むことができなかった。
「夏休みの宿題、一年分じゃなくて、一〇年分ですよ。わかりました、乂兄さん。家督の話はまた落ち着いてからしましょう」
あとがき
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