第234話 兄貴の意地
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「奥義開帳・〝飛燕返し〟!」
死刑宣告めいた必殺技の前口上を皮切りに、女剣鬼セグンダによる蹂躙が再開される。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は衝撃をまとった腕で、首筋に迫る刃を間一髪払ったものの、冷や汗がとまらない。
「弱った。〝生太刀・草薙〟はもう使えないし、どうすればセグンダさんに勝てるんだ?」
桃太は輪切りにされた森の木々を盾に、セグンダへ接近しようとするも、刀で容赦なく追い立てられ――。
かといって石や衝撃波を遠間から撃っても日緋色金の長剣に跳ね返されて――と、飛燕返しが生み出す、剣戟の結界になすすべもなく翻弄されていた。
「出雲桃太君。新しい勇者というのはとうやら看板倒れだったようだね。君を信じて倒れていった仲間に申し訳ないと思わないのかい? 彼女達の生命が大切ならば、本物の六辻詠を引き渡せ」
「ぐっ」
六辻詠の偽物である影武者、セグンダの煽りは、挑発とわかっていてなお、桃太の胸に鋭い爪を立てた。
セグンダが乱入した際に、三縞凛音が予言したとおり――。
最大戦力であった担任教師、〝賢者〟の矢上遥花。
水の術を操り、〝行者〟に変身可能なパートナー、建速紗雨。
罠に長けた〝斥候〟の伊吹賈南――。
攻守走に長じた〝砂丘騎士〟の柳心紺と、そのコンビである〝白鬼術士〝祖平遠亜〟――。
その他、林魚や関中、羅生など〝戦士〟に〝黒鬼術士〟――、といった焔学園二年一組の全戦力が既に壊滅していたからだ。
「乂。あと一回、〝忍者〟への変身はやれるか?」
桃太はひとまず、天狗のコスプレをした相棒の五馬乂と合流、背中合わせでセグンダと向き合うが……。
「第八階層〝残火の洞窟〟で計画書をかっぱらってから、戦いっぱなしだからな。無理っぽいぜ」
乂が錆びて赤茶けた短刀を見せると、〝鬼の力〟を示す黄金の光は消えてしまっていて、見るからに不調そうだ。
「オレが囮になるから、相棒は、どうにかして草薙を決めて欲しいんだぜ。……と思ったが、さっき一回使ったものなあ」
「すまん。俺ももう一度は無理そうだ。切り札はとって置くべきだった」
桃太がうつむくと、乂はゆっくりと首を横に振った。
「いや、石貫満勒を倒すには、アレが最高のタイミングだった。まさか飛燕返しで横槍が入るだなんて、想像できるはずがないぜ」
焦燥する桃太と乂だが、乂に寄り添っていた三毛猫姿の凛音が、不意に地面に降りて肉球のついた前足で、夕日で赤く染まる空を指差した。
「ニャン、ニャンニャン(見て、乂、桃太君。キャンプから救難要請の狼煙があがっているわ。伊吹賈南が言ったとおり、冒険者パーティ〝Chefs〟がやってくれたのでしょう。五馬碩志君と、勇者パーティ〝N・A・G・A〟が近づいているはずだから、もう少しだけ時間を稼げば合流できるわよ)」
「重要なのは、本物の詠さんと、乂が持ってきたクーデター計画書を守ることだ。時間稼ぎに徹するのもやむを得ないか?」
凛音の提案に、弱気になった桃太は賛同したが。
「シャ? 碩志が来るだって? オレにとっちゃ時間制限が付くようなものじゃないか。瑠衣姉さんの真似をするハレンチ女にボコられたままで、どの面さげて弟に会えって言うんだよ。せめて攻略法くらいは、見つけてみせるぜ」
乂の場合、逆にやる気に火がついたらしい。
「相棒、凛音。ちょっと耳を貸せ。オレのオヤジ、五馬審は、セグンダと同じ飛燕返しを使う瑠衣姉さんにも、公式試合で勝った経験がある。オヤジの得意技だった、〝二天一竜・天地鬼斬〟なら、あの偽物を倒せるかも知れない」