第226話 飛燕返し
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「セグンダとやら、誰と勘違いしているのか知らないが、妾の名前は伊吹賈南。大口を叩くのは結構だが、仲間を傷つけたお前を、妾は逃す気などない。桃太、このワイセツ女を叩きのめせ!」
昆布のように艶の無い黒髪の少女、伊吹賈南は、サンバイザーから二本の角が生えたような意匠の鬼面をかぶり、翠玉色の細い胸当てとV字の腰ガードという、水着鎧を身につけた〝女剣鬼〟セグンダにしたたかに殴られたが――。
「聞け! 戦いの前に、冒険者パーティ〝Chefs〟に救難信号の狼煙をあげるよう頼んでおいた。こやつの言う通り、勇者パーティ〝N・A・G・A〟が近づいているのなら、じきに来るだろう。妾への当てつけみたいな水着鎧を着た露出狂を、絶対に逃がすんじゃ無いぞっ」
賈南は折られた鼻からダラダラと血を流しながら、ヘビのように長い舌をちろりと見せて不敵に笑うや、ジャージの袖に隠していたスイッチを押し込み、樹上に仕掛けた粘着剤を仕込んだトリモチアミを、自分ごとセグンダへ浴びせて動きを止める。
「賈南さん、今、助ける。乂と凛音さんは、倒れた皆を避難させて。我流・長巻」
「わかったぜ、相棒!」
「なーっ(まかせてっ)」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太はワイセツ云々という発言には若干思うところがあったものの、傷ついたクラスメイトの救出を相棒である大柄な金髪少年、五馬乂と、三毛猫に化けた少女、三縞凛音に任せ、身を挺して敵を足止めした賈南の献身に応えるべく、右腕に衝撃波を巻きつけて斬りかかった。
「ファファファ。昆布女め、暗躍だけが取り柄と思っていたのに……。〝鬼の力〟に頼ることなく、私を止めるなんてガッツがあるじゃないか!」
セグンダは、仲間にあとを託した賈南の奮戦に、感心したとばかりケラケラと笑った。
「その覚悟に敬意を表して、もう一度見せようか。
奥義開帳・〝飛燕返し〟!」
「……む、無念。がくり」
セグンダが刃先の折れた長い刀を動かした瞬間、賈南は力尽きたかのように意識を失い、彼女達を縛っていた網も粉々になって消し飛んだ。
「よくも賈南さんをっ。ゴロンドリナって、スペイン語でツバメのことだっけ?」
「まさか、この技って、〝つばめがえし〟かよ!?」
「ニャッ(うそでしょっ)」
桃太達は、セグンダが宣言した奥義の名前を、どうにか聞き取ることができた。
「つばめがえしって、確か江戸時代に佐々木小次郎さんって剣士が使った技だっけ。宮本武蔵さんって二刀流の剣士と、日本海の島で戦ったとか?」
「相棒。本来の逸話はそうだが、二河家の当主で、勇者パーティ〝S・O 〟の代表だった瑠衣姉さんが、クマ国で学んできた得意技の名前が〝飛燕返し〟なんだよ」
「ニャニャーっ(あんな変態技を、まさか他に使える人がいたなんて!?)」
桃太は、乂の発言から、遥花先生から八大勇者パーティについて臨時授業を受けた時、二河瑠衣なる当主が一〇年前無敗を誇った云々……と、言っていたなあと思い出した。
(それにしても、凛音さんってば、一般人には聞こえない猫の声と言え、変態技なんて言い過ぎじゃないかなあ)
桃太がくだした判断は、早計だった。
セグンダが振るう剣先の折れた刀は、それこそ燕が宙返りするような変幻自在の軌跡で動き――。
桃太は、まったく想定外の死角から飛んできた一撃に右手を斬られ、まとっていた衝撃波の刃を消し飛ばされてしまう。
「ど、どうなってるんだ。方向は、うわあああっ」
あとがき
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