第21話 サバイバーズ・ギルト
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西暦二〇X一年一一月一〇日の朝。
額に十字傷を刻まれた小柄な少年、出雲桃太は夢を見た。
親友、呉陸喜が伸ばした手を掴めず、彼の胸が撃たれて赤い血に染まる。
「う、うわあああっ」
桃太が飛び起きると、同じ畳敷きの部屋で寝た金髪ストレートのなんちゃって不良少年、五馬乂が気付けとばかりに背をバンバン叩いて、手を引いてくれた。
「相棒、おはようさん。洗面所はあっちだ。一緒に顔を洗おうぜ」
桃太が乂の案内で洗顔を済ませ、リビングらしき食台のある和室に入ると、サメの着ぐるみに身を包んだ銀髪碧眼の美少女、建速紗雨がお盆に急須と湯呑みを載せて現れた。
「桃太おにーさん。お茶を持ってきたサメ。今朝はなんと、お庭で野菜のバーベキューをするサメエエ。干したイノシシの肉もつくサメ!」
「シャシャシャ、歓迎会ってやつかよ。朝からバリバリ豪勢じゃん!」
「うわあ、美味しそうっ」
桃太が受け取った緑茶を一口飲むと、爽やかな香りが体を満たして、ささくれだった心がじんわりと落ち着いた気がした。
庭を見れば、牛頭面を被った幽霊カムロが石を積んで鉄板を敷き、串に刺した野菜を山盛りに用意して手を振っていた。
鼻をくすぐる芳ばしい匂いに、桃太と乂は先を争うように庭に出て、紗雨、カムロと共に串焼きを頬張った。
「うっま、うま。大根や白菜ってこんなに美味しかったんだ……」
「シャシャっ、ピーマンもいけるぜ。この肉と合わせて、どうよ?」
「サメっサメーっ♪」
「慌てて喉に詰まらせないよう、気をつけるんだよ」
とびっきりの朝食を終えた後、桃太は紗雨と一緒に汚れた食器を洗った。
「サメっ、サメエ。桃太おにーさんと一緒に洗うの楽しいサメエ♪」
紗雨はサメの着ぐるみにエプロンをつけ、碧い目を細めてニコニコ微笑みながら、布で皿の汚れを拭き取ってゆく。
「クマ国ではこんな風に洗うんだね。俺も楽しいよ。ここに来れて良かった」
桃太も紗雨に倣って皿の汚れを拭き取り、水と重曹と酢を入れた大壺の中に立てた。
きっと地球の自動食洗機にあたるのだろう。
二人は、一抱えもある大きな壺がバシャバシャと水音を立てながら、食器の汚れを落としてゆく光景をしばし眺めた。
「桃太おにーさん。紗雨とガイは、この後、寺子屋に行って勉強するサメ。おにーさんも一緒に行くサメ?」
紗雨によると、クマ国は地球と比較すると人口が少ないので、子供は年齢を問わず神社に集まって、勉強会を開くのだという。
「ううん。紗雨ちゃん、この後は矢上先生のお見舞いがあるから、やめておくよ」
「サメエ、残念サメエ」
桃太は参加しようと思ったものの、学校めいた光景を想像した途端に胸がズキズキと痛んだ。
「先生……」
医師の診療所に入院した矢上遥花を見舞ったものの、彼女は未だ眠り続けたままだ。
(次は家の清掃をしよう、と思ったけど)
おそらく、自動掃除機の代わりなのだろう。
何十本ものハタキが空を飛んで埃を落とし、廊下を走るチリトリが受け止めていた。
まるで幽霊が踊り騒ぐような、ポルターガイスト現象真っ只中な屋敷は、桃太の心を軋ませた。
「カムロさん、農作業を手伝わせてください」
「桃太君。酷い目にあったんだ。家でゆっくりしてくれて構わないよ?」
「少しでも身体を動かしていたいんです」
桃太は半ば無理を言って、カムロの働く畑に押しかけた。
「えいせ、よいせ。ははっ、息が苦しい、俺は生きているぞっ」
桃太の判断は、正しかったのだろう。
水汲み場から水を運んだり畑の雑草をむしったり、といった単純作業を繰り返すことで、生きている実感を得られたのだから。
(そう、俺だけが生き延びた)
昼食のおにぎりを食べて日陰で休んでいると、紗雨と乂が、猫耳の生えた少女や、頭に皿をのせた河童らしき少年など、里の子供達を連れてやってきた。
「サメッサメエ。桃太おにーさん、ネネコちゃん達と一緒に川で泳いで釣りをするサメエ」
「男なら相撲だろ。相棒、サブロー達と一緒にやろうぜ。今度はルールにのっとって力試しだ!」
桃太は二人から一緒に遊ばないかと誘われたが、農作業の手伝いがあるからと断った。
「桃太君、行ってくるといい。地球にあるゲーム機のようなものはないが、やってみると田舎の遊びも悪くないものだ。それとも、やはり異形の姿が怖いのかい?」
「違います」
桃太は、カムロの勧めに首を横に振った。
「カムロさん。俺はこの里で過ごして、安心しました。ここはいい場所だって、楽しかった」
桃太がクマの里で過ごした一日は、掛け値無しに幸せだった。
「でも俺は、勇者パーティに、〝C・H・O〟に親友を殺されたんだ。あいつは俺を助けてくれたのに、俺はリッキーに何もできなかった。俺はそんな俺が許せないっ。だから、戦う力が欲しいんだ!」
あとがき
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