第217話 眠りから醒めし妖刀
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「どうだっ、〝柔よく剛を制す〟ってね」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、仮面となった相棒、五馬乂が操る風の力を借りて――。
鉛色の髪を刈り上げた大柄で筋肉質な青年、石貫満勒の懐に踏み込み、投げ飛ばした。
「な、なんだとっ。泥まみれの不安定な足場だぞ? 俺様とムラサマを投げ飛ばせるはずがない!」
満勒は宙を舞いながら、あり得ないと目を見開くも――。
「サメ娘じゃなくて、金髪と変身したのは、これが狙いでちか。風をジェット噴射の要領で使ってホバー走行し、急停止の反動を投げ技に利用することで体重に勝る相手をも投げ飛ばす。柔よく剛を制すとは、言い得て妙でち」
満勒が握る鉄塊のごとき大剣に変身した娘ムラサマは、刀身から細い鉄線を数十束も発射して、離れた森の木々に絡みつかせて受け身をとった――。
「ええっと、古典の『三略』だったか。ムラサマが、よく電子端末で音読しているから覚えちまったよ。だが、俺様は〝剛よく柔を断つ〟って考え方の方が好きだねっ。最後で頼りになるのは力だ!」
「そういったセリフは勝ってから言うでち。ほら追撃が来るでちよ」
満勒が身体を立て直しつつ、偉そうにふんぞりかえる間にも、ムラサマは再び鉄線を発射。
今度は蜘蛛の巣のように広げて、桃太の攻撃を阻んだ。
「満勒さんとムラサマちゃん。いいコンビじゃないか!」
「ヒャッハァっ。聞いたかムラサマ。大軍を人形のように操る四鳴啓介と、山みたいな神鳴鬼ケラウノスを倒した勇者様が、俺様達を認めてくれたぞ!」
「満勒、喜んでいる場合じゃないでち。あたち達は、まだ敵とみなされていないんでちよ」
満勒は無邪気にゲラゲラと笑ったが、ムラサマに否定されたことで、目に見えて不機嫌になった。
「そうかよ、出雲桃太。テメェはさっきから、殺し合いなんてごめんだと、放置した炭酸飲料みたいに気の抜けたことを言ってたものなあ。その思い上がりは、いかにも勇者らしくて腹が立つ!」
満勒はなにが気に食わないのか、鉛色の髪を怒りで逆立て、ヒグマのような剛力で、身の丈ほどもある大剣ムラサマを八つ当たり気味に振り回した。
森の木々が藁のようにつぶれ、大地に新しい裂け目が刻まれるが、感情的になったことで精度が落ちて、泥地を滑走する桃太にはかすりもしない。
「殺し合いなんて、馬鹿馬鹿しいんだよっ」
桃太は一瞬、乂との変身を解除して、〝生太刀・草薙〟を放とうか迷った。
「おおっと、もう大技は当てさせないでち」
されど、そのそぶりを見せただけで、ムラサマが鉄線を再び射出して牽制し、桃太の接近を阻む。
草薙は、当たれば戦闘不能に追い込む必殺技だが、有効射程は二メートルと短く、本格的な休息が無ければ一回限りという回数制限も重い。
(殴られても投げられても頑強な巨体で耐え忍ぶ熱した岩のような石貫満勒さんと、鋼の心で冷静な判断をくだすムラサマちゃん、か)
桃太は、磁石の両極みたいな二人がなぜ組んでいるのか、気になった。
「ムラサマちゃんも、満勒さんと同じように詠さんの死や、六辻家と〝SAINTS〟のクーデターを望んでいるのか?」
「そうでちよ、そうなればずっと望んでいた乱世がやってくるでち。ほんとは、六辻詠の生命もクーデターもどうでもいし、満勒とだって〝りがいのいっち〟で手伝っているだけでちが――。あたちには、この世がぐちゃぐちゃに乱れて欲しい、山よりも高く海よりも深いだいじな理由があるんでち」