第206話 〝鬼の力〟の拡大
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「先の英雄、獅子央焔様の引退から約二〇年、八大勇者パーティは、日本の冒険者の中心となって国土を守り、繁栄を支えました。しかし、時の流れは彼らを変質させた」
人の心を狂わせる〝鬼の力〟に飲まれたか、それとも身に過ぎた野心に焼かれたか……。
やがて八大勇者パーティの大半が国益でなく、各々の身勝手な私欲を満たすために利益の独占をはかり、あるいは独裁政権の樹立を目論む事になる。
「最初の口火となったのは、一〇年前。焔様が亡くなられた後、後妻となった獅子央楊子の父、弘農楊駿が、残された遺言状を偽ったことでしょう」
栗色の髪を赤いリボンで結わえた女教師の矢上遥花は、気絶した赤髪の少女、六辻詠を背負う少年、出雲桃太と、彼の傍に立つ少女、建速紗雨に、八大勇者パーティが歪むきっかけとなった事件について述べた。
「弘農楊駿は、自身こそが焔様に後事を託されたヒーローであると世間を欺き、〝勇者党〟なる新政党を率いて首相となり、日本政府と冒険者組合を掌握しました。しかし、彼も彼の集めた徒党も、政治家としてはずぶの素人に過ぎなかった」
「……味方をしてくれる団体にお金を入れたり、甘い言葉をささやく外国人にばらまくために予算を使い、防衛費や安全維持費を削りに削った結果、日本各地の天災や怪物の被害が、凄まじいことになったんでしたっけ?」
「国防と防災は、政治の基本中の基本サメエ。悪政の見本サメエ」
弘農楊駿はほどなく退陣に追い込まれ、総選挙で首相は交代。
忌むべき簒奪者は、冒険者組合の代表の座も追われて逃亡し、紆余曲折の果てに娘と心中した。
しかし楊駿の引き起こした混乱が、八大勇者パーティを揺るがす、次なる悲劇に着火させる。
「弘農楊駿が失脚した後、冒険者組合の代表を継いだのは、獅子央焔様の古くからの盟友である、一葉亮様でした。ですが、楊駿の残した爪痕はあまりに大きく、心労のあまり鬼に堕ちてしまわれた」
桃太と紗雨は、鬼となった三縞凛音や四鳴啓介の顔を思い出し、そういうこともあるだろうと俯いた。
「怪物となった亮様は、迷宮内部で行動を共にしていた二河家の当主、瑠衣様と、乂君のお父上であり五馬家の先代当主でもあった五馬審様に討たれました。しかし、当時、〝飛燕返し(つばめがえし)〟と呼ばれる剣技を使い、無敗を誇った二河瑠衣様と、彼女の師匠であり、二刀流の達人でもあった五馬審様を恐れたのか、他の五家が介入。八大勇者パーティが相討つ内戦に発展しました。わたしは、あの時止められなかった……」
お家騒動が起きた頃、まだ一〇歳にも満たなかった遥花は、獅子央焔の息子、獅子央孝恵とその妻、獅子央賈南から停戦旗使用の許可を得て、八大勇者パーティの内紛を仲裁しようとした。
しかし、出世の好機と見た三縞家所属の冒険者、鷹舟俊忠が各パーティの野心家達を煽動し、武器を捨てた二河家と五馬家を討つよう誘導したのだ。
「遥花先生のせいじゃないです。乂も考えを改めたように、あれは鷹舟の陰謀だ」
「サメエ。凛音ちゃんへの愛情はともかく、あの人のやったことは悪鬼サメエ」
一〇年前の惨劇の結果。
一葉家と〝J・Y・O〟は甚大な被害を受け、一葉朱蘭ら生き残りの冒険者は、四鳴家や七罪家など他家に移籍。
二河家と〝S・O〟は、当主の瑠衣ら首脳陣が殺害された為に、零細パーティに転落。
五馬家もまた、先代当主とその奥方が命を落とし、次期当主であった乂も行方不明になったことで、ただ一人残された幼い次男、碩志が再興をはかるまで、一〇年以上の時間を要することになった。
「一葉家、二河家、五馬家が甚大な被害を被った内戦の後。
冒険者組合は、伊吹賈南さん。……と、一応は関係のないことになっている、獅子央賈南さんが掌握し、〝鬼の力〟を広めるために、日本政府へ様々な圧力をかけました」
桃太と紗雨は、昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南の得意げな顔を脳裏に浮かべた。
賈南の正体は、絶大な力と引き換えに人間を狂わす〝鬼の力〟を生み出す根源、八岐大蛇の代理人だ。
彼女は地球を迅速に〝鬼の力〟で満たす為に、あちこちで火種をあおり、悪質な衝動を抑える研究もわざと止めていたらしい。
「桃太おにーさん、ひょっとして賈南ちゃんって黒幕とかラスボス……」
「紗雨ちゃん、それ以上いけない。そうさせないために今、一緒に勉強しているんだから」
あとがき
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