第20話 クマ国のまとめ役、カムロ
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地球と異なる世界であっても、太陽は沈み、星の瞬く夜がやってくる。
「シャシャシャ! よっしゃあ、枕投げをしようぜえ」
「乂、夜なのにいいのかよ。迷惑だろ?」
「サメッ、サメエエッ。桃太おにーさん、一緒にやろっ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、金髪のなんちゃって不良少年、五馬乂とサメの着ぐるみ少女、建速紗雨に押されるままに枕投げに巻き込まれ、布団の敷かれた和室で枕をぶつけ合った。
幸い屋敷は広いので、近所迷惑になることはないだろう。
屋敷の主人である、牛頭の仮面を被った細身の幽霊カムロは、庭の一角で三味線を弾いていた。
どこか物悲しい旋律が、風に揺れる木々の葉音と混ざり合い、しっとりと広がってゆく。
「GUOO……」「GAAA……」「SHUU……」
カムロは三味線を弾きながら、オオカミに似た体毛と尻尾を生やすトカゲや、ヤドカリめいた巻き貝を背負うカエル、角が生えた大きなイモムシといった山川の精――魍魎達が庭に集まって、「餌を狩ろうとしたら酷い目にあった」と愚痴るのを静かに見守った。
やがて月が南の空に昇る頃。
子供達の枕投げは終わり、魍魎達も谷へと戻り、ひとりの黒い翼を持つ鳥人が庭へと舞い降りた。
「カムロ様。お待たせしました。特務部隊、八咫烏の筆頭アカツキ、参りました」
「どうだ、桃太君と遥花さんの裏は取れたかい?」
カムロの問いに、アカツキを名乗る翼の生えた男は頷いた。
「はい。式神のコウモリや、監視用石像の情報を検証したところ、出雲桃太様と矢上遥花様は第一階層の縦穴から地下水脈に落下、自動生成されたいくつかの転移門をくぐり、わずか二日で〝魍魎の谷〟まで辿り着いたようです」
カムロはアカツキの報告に、重い息を吐いた。
「幸運で片付けるには、異常過ぎるな」
「フジの山頂から麓まで転げ落ちてピンピンしているくらいの確率かと。富籤で何度も一等を引けそうな豪運ですね」
そこまでいけば、もはや運ではない。
「桃太君が宿す〝巫の力〟だな。谷に住む魍魎から聞き出したが、〝鬼神具〟である〝紗雨の勾玉〟や〝乂の短剣〟から力を引き出して、〝夜叉の羽衣〟に飲まれた遥花さんと戦ったそうだ。おそらく彼は、自身と身近な者の真価を発揮させる〝縁の力〟を持っているのだろう。八岐大蛇に呪われた遺産、その強大な〝鬼の力〟を完全にはねのけているのだから、まさに〝切り札〟だ」
カムロの指摘に、特殊部隊の長たるアカツキはポンと手を叩いた。
「ああ。そういえば、遥花様が契約した織物には、夜叉の力が宿っていましたね」
「うん。地球の伝承にある夜叉は人喰いの鬼女という側面を持つ一方で、幸運の女神たる吉祥天や水の女神たる弁財天と同一視される場合がある。桃太が遥花さんの力を引き出したからこそ、二人は生き延びることができたんだろう」
カムロの推理を聞いたアカツキは両手をあげて、天を仰いだ。
「人間の身でありながら、超自然の力を宿すという〝巫の力〟。まさかこの世界、クマ国と無関係の地球人が選ばれるとは思いませんでした」
「生命の女神の気まぐれか、ふたつの世界の同化が進んでいるのか。どちらにせよ、我々にも覚悟が必要になる。アカツキ、既に各地方へ戦仕度を命じる通達を送った。八咫烏は、地球と異界迷宮カクリヨの状況を随時伝えてくれ。上の階層に潜ませた間諜によると、〝C・H・O〟は追っ手を出したようだ。今月中には、イナバもしくはヒメジで接触、交戦することになるだろう」
「わかりました。ですが、ヒメジのコウエン将軍には釘を刺してくださいよ。あの人は、自分を追い出した地球を嫌っているし、隙あらばカムロ様に成り代わろうとしている節さえある」
「注意はするさ。それでも、今のクマ国に彼ほどの戦上手はいないんだ。毎度喧嘩を仲裁するのは勘弁だぞ」
カムロは、『本気で取って代わる覚悟があるならいつでも譲って構わない』という言葉を喉元で飲み込んだ。
アカツキがバサバサと黒い翼を動かすと、散った羽根の一枚一枚が、フクロウに変わって山の方へ飛んで行った。
「ところでカムロ様、話は変わりますが、後妻を迎えるお気持ちはありませんか?」
「おい、アカツキ。お前はなにを言っているんだ?」
部下の唐突な提案に、クマ国の長は目を白黒させた。
「古来の伝承には、カムロ様は〝ボンキュボンのグラマラスなご婦人が大好き〟とあります。コウエン将軍のような獣心の輩が潜む今、お美しく御立派に成長された遥花様を娶られると、お世継ぎの面からも安心できるのですが……」
「アハハ、面白いことを言うなあ」
カムロは指を一つ鳴らして、中庭一帯に防音の結界を構築した。
「アカツキ、素晴らしい提案に感謝しよう。お礼に、本気の演奏を見せてやろう」
カムロが猛然たる勢いで三味線を弾くや――〝アカツキにとっては〟――宇宙の深淵を体現するかの如き、暴力的な不協和音が結界内部で荒れ狂い、さしもの鳥人も耐えられずに突っ伏した。
「普段はお上手なのに、本気でやるとなんでここまで下手になるんですかああっ」
「失敬な。亡くなった妻達には好評だったんだぞ!」
「それは、あからさまに身内贔屓ってやつですよ。そんなだから、降臨から半世紀も経ったのに、後添えの候補が決まらないんですっ」
「やかましい、僕は生前、妻達と添い遂げたんだ。幽霊になって再婚なんてできるかあっ」
主従がぎゃんぎゃん子供のように言い争う中、クマの国の夜は暮れていった。
あとがき
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