第204話 火種
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「こ、コケエッ。や、やわらかーい」
二つのお団子髪でまとめた赤髪の上に光輪を浮かべた少女、六辻詠は、栗色の髪を赤いリボンで結んだ女教師、矢上遥花に抱きしめられて、豊かな胸の感触にしばし喜んでいたものの、やがてがくりと脱力した。
「遥花先生、その辺にしないと」
「胸に埋もれて死んゃうサメエ」
「あ、あれええ?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、ジンベエザメの着ぐるみを着た銀髪碧眼の少女、建速紗雨が引き離すと、詠は安心したのか、とても気持ち良さそうな顔で失神していた。
「……遥花先生は、詠さんを本物だと思われますか?」
「桃太くん。炉谷先輩は、一般的には歴史小説好きとして知られていますが、実は重度のぬいぐるみ好きなんです。でも、ご家族以外で知っているのは、ごく一部の友人だけでしょう。だから、この子は本物の詠さんで、六辻家で異変が生じているのかも知れません」
桃太は遥花の推理になるほどと頷いて、詠を背負った。緊張が切れたのか、詠は完全に失神しているようだ。
「遥花先生、詠さんを救護テントまで運びます」
「サメエ。うらやまし、ううん手伝うサメ」
桃太の背からずりおちないよう、紗雨が詠をフォローし……。
「ありがとう。詠さんを受け入れる準備をしましょう。柳さんと祖平さんは、先に女子区域にテントを立ててください。荷物を運ぶのに男手も必要ですから、羅生君も手伝ってもらますか?」
「おっけい、先生♪」
「了解です」
「わかりました」
遥花の指示を受けて、サイドポニーの目立つ少女、柳心紺と、瓶底メガネをかけた白衣の少女、祖平遠亜が笑顔で駆け出し、七三分けの髪が崩れた少年、羅生正之も不機嫌ながらも従った。
遥花は三人が去って、起きているのが自分と桃太、紗雨の三人になったことを確認すると、大きく深呼吸した。
ジャージに包まれた胸が弾み、桃太はごくんと生唾を飲み込む。
「桃太くん、紗雨ちゃん。獅子央孝恵校長は、四鳴家が支配する〝S・E・I 〟と、一葉家が扇動した〝J・Y・O〟の軍事クーデターを阻止するために、貴方達を利用しました」
遥花の告白に、桃太と紗雨は今更のことと驚かなかった。
過去に天才冒険者として知られ、昨年にはレジスタンスの実質的指導者として〝C・H・O〟との戦いを勝利に導いた遥花を、焔学園二年一組の担任に据えたのは、校長なりの善意と配慮だったのだろう。
「手紙にあった通り、地上では今も混乱が続いていますが、孝恵校長はここから先は大人の仕事だと仰っていました。焔学園二年一組に一足早い夏休みを許可したのは、貴方達を政争に巻き込まないためです。先の戦いで貴方が使った日緋色孔雀も研究用に地上へ送ったことですし、もう八大勇者パーティには関わらないよう……」
そう、続けようとした遥花をさえぎって、桃太は口を開いた。
「遥花先生。俺はリッキーの、親友の仇を討つために、テロリスト団体となった〝C・H・O〟と戦ったことにも、啓介さんを止めて、リウちゃんを助け出すために〝S・E・I〟を倒したことにも、後悔はありません。六辻詠さんのお家騒動は、また悲劇に繋がるかも知れない。だから、受け身になっちゃ駄目なんだ。八大勇者パーティは今、いったいどうなっているのですか?」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
次回は久しぶりの登場人物紹介となります。
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