第200話 異界の蒸気機関、その研究と流通
200
焔学園二年一組の女生徒達が、翌日の海水浴に備えてダイエットのために狩猟大会に励んでいる頃――。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太ら男子生徒一同と、唯一太らなかった瓶底メガネをかけて白衣を着た少女、祖平遠亜は、ケーキバイキングをご馳走してくれた冒険者パーティ〝Chefs〟の持ち込んだ蒸気アシストつき巨大大八車を遠目から興味深く見つめていた。
「あのリヤカー、五トンもの荷物を運べるそうだから、今後の輸送や探索がはかどりそうだね」
蒸気アシストつきリヤカーは、俗に言う一二フィートサイズのコンテナ。長さ約三メートル半、幅二メートル半、高さ二メートル半の、箱形運搬容器を載せるボックス型のリヤカーだ。
モンスターの襲撃を警戒して迷宮内部を移動することから、前後両方に持ち手がついて〝蒸気機関つき大八車〟とも呼ばれているらしい。
「遥花先生の授業によると、たとえ〝鬼の力〟を使っても、冒険者一人が〝自前の装備を除いて〟ダンジョン内で運搬可能な重量は、およそ五〇キロと言われているんだっけ? これまでも普通のリヤカーや運搬具は使っていただろうけど、いきなり一台で一〇〇人分の輸送が可能になるなんて劇的だね」
「でも、新型の蒸気機関を作るのには、希少な日緋色金が必要なんだろ? 今回は特別任務だって組合から貸し出されたそうだけど、一般販売はまだまだ先じゃないか?」
「蒸気機関本体もだけど、燃料の木炭も、異界迷宮に生える一部の樹木からしか作れない貴重品だろ? コストが高すぎて割に合わないんじゃないか?」
「〝S・E・I 〟だってクーデター末期は用意できなくなって、神鳴鬼ケラウノスを電源に、〝百腕鬼の縄〟を電気コード代わりに使ってたからなあ」
桃太達がやいのやいのと話していると、もうスタミナが切れたのかやる気が無くなったのか、昆布のように艶の無い黒髪の少女、伊吹賈南が食べ過ぎて、丸々と膨らんだお腹を抱えてやってきた。
「ふむ。ダーリン……げふん、校長の手伝いで資料を見た記憶がある。神鳴鬼ケラウノスを使った実験で得たデータを基に、量産型エンジンには、純度をギリギリまで落とした日緋色金を使用。燃料も、異界迷宮カクリヨ製の木炭ではコストが割に合わないから、日本国内の杉や檜を材料にした代替品を試作中らしいぞ」
賈南がもたらした情報に、男子生徒達は湧き上がった。
「地球の生産品で再現できるのか?」
「知ってのとおり、カクリヨ産の方が出力は高い。だが地球の技術も日進月歩で進んでいるのだ。現に南米やアフリカでは、〝S・E・I 〟が使った蒸気鎧の廉価製品が既に売買されているとも聞いた」
「へええ」
桃太達は、地球干渉を目論むクマ国の過激派団体〝前進同盟〟が手を回したことを知らないため、感心するばかりだった。
賈南は当然ながら把握していたし、パワードスーツやリヤカーが地球各国の反政府運動や内戦に利用されていることも承知していたが……、戦乱を望む〝八岐大蛇の代行者〟という立場上、桃太達に余計な情報を与える気はなかった。
「日本でも九州の宮崎県、近畿の奈良県、東北地方の秋田県などに製作所を建設中だそうだ。学園内の掲示板を見るに休暇中のバイトも募集していたぞ」
「それって、花粉症対策にもなるのでは?」
「よし、出雲。地上に帰ったら杉と檜を刈り尽くさないか?」
「き、気持ちはわかるけどさ」
と、男子達が〝Chefs〟シェフズのリヤカーを遠目に見ながら、バイト談義に明け暮れていると。
「コケエエエッ。およしになって、食べないでええ」
まさにその周辺で、珍妙な悲鳴が響き渡った。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)