第197話 ケーキバイキング
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額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、青い修道服に似たサメの着ぐるみをかぶる、銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、冒険者組合代表であり、焔学園校長でもある獅子央孝恵が戦勝祝いに派遣した、料理上手で有名な冒険者パーティ〝Chefs〟が調理したケーキバイキングを楽しんでいた。
「はい、紗雨ちゃん。オレンジケーキをどうぞ」
「むふー、桃太おにーさんアップルパイを食べてサメエ」
桃太と紗雨が甘い二人だけの世界を作っていると、栗色の髪を赤いリボンで結んだスーツ姿の担任教師、矢上遥花がやってきて二人の隣に座った。
彼女の手には、甘い香りのする一口大のカップケーキをのせた皿がある。
「桃太くん、紗雨ちゃん、チェリーケーキはいかが? お姉さんのオススメですよ」
「遥花先生、いただきます」
「わーいサメエ」
桃太は紗雨と共にケーキを受け取り、パクリと頬張った。
サクランボの爽やかさが舌を刺激し、深い洋酒の味わいが口の中に広がっていく。
(これは、ブランデーケーキ? いや、ラムレーズンに似ているのかな?)
桃太は知らない。
彼が食べたカップケーキは正しくはサヴァランという、洋酒をふんだんに使ったものであり……。
遥花は実のところ、梅酒や甘酒で酔っ払うくらいに、酔いが回るのが早かったのだ。
「遥花先生、おいしいですね」
「えへへ、桃太君、そのチーズケーキお姉さんに一口くださいな」
桃太は遥花に手を抱きよせられ、ぴしりとしたスーツ服の布越しに彼女の大きな胸の柔らかな感触を感じ、頬を真っ赤に染めた。
「じ、じゃあどうぞ」
「お姉さん、嬉しいです」
遥花は、桃太が差し出したチーズケーキを口にして幸せそうに微笑んだ。
「さ、サメエ? ケラウノスや大蛇の時よりも、ピンチな気がするサメエ」
紗雨が青ざめるも、時既に遅かった。
よりにもよって教員である遥花が二人の閉ざされた世界を壊したことで……。
桃太を憎からず思っているサイドポニーの目立つ少女、柳心紺や、瓶底メガネをかけた白衣の少女、祖平遠亜などの女生徒がケーキを手に詰めかけたのだ。
「出雲、この抹茶ケーキをあげるから、そっちのちょうだい」
「出雲君に、食べさせてもらうと照れるね」
「あ、あはは。どんどんいっちゃおう」
桃太は洋酒とケーキの甘い匂いに酔って、良くわからなくなってしまった。
「サメエエっ。なんてことサメエエっ」
そんな羨ましい光景を見て、リーゼントが雄々しい林魚旋斧と、髪を七三分けに揃えた羅生正之ら、男子生徒一同は、フォークとケーキナイフを手に怒りを燃やしていた。
「出雲の野郎。でれでれしやがって、ぶすりとやってやろうか」
「紗雨ちゃんを泣かせるなんて、万死に値する。二度と蘇らないよう念入りにぶっ殺してやろう」
「いやいや命を救われて、その反応はないでしょう?」
「「だけどムカつくじゃないか!」」
「それはそうですね!」
桃太を尊敬する関中利雄までが賛同し、男子生徒の怒りは青い空を熱気で焦がすほどだった。
「アハハ、見る目がないのう。サメ娘や、酔っ払いなどにうつつを抜かしおって。ここに最高の華がいるだろう?」
そんな不穏な空気を吹き飛ばすように、左目尻に傷がついた、昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南が、自信満々で言い放つ。
されど、既にケーキ皿を何枚も重ねてお腹がぽっこりと出ていては、色気も何もあったものではない。
「ゆるコワなマスコットと考えればアリ、か?」
「林魚、お前まで酔っ払ったのか。河豚や鈴蘭は、愛嬌はあっても毒があるぞ」
「見かけどうこうじゃなくて、色気より恐怖を感じるんですよね」
「こ、こやつらっ」
賈南は、自分の正体が八岐大蛇の代行者だとクラスメイトに勘付かれているのはないかと思い至ったものの、それはそれとして暴言を許すつもりはなかった。
「よーしよくわかった。貴様ら、まとめて魚のエサにしてやろう!」
「「「ぼ、暴力はいけない」」」
かくして多少のトラブルこそあったものの、この日の休暇は何事もなく終わったかに見えた。
「「ぎゃーー」」
その日の夕刻。
女子生徒達がお風呂の天幕に入った時、見てはならぬものを見たような絶叫が、キャンプ中に響いたのだ。
あとがき
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