第19話 破滅と復興の大地
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「桃太、それは」
「サ、サメエエ」
桃太が思わず口に出してしまった、なぜクマ国が地上で認識されていないのかという疑問に、乂と紗雨は顔をこわばらせた。
「桃太君は聡いな。実は、冒険者組合も日本国政府も、地球の国家上層部も、とうにクマ国の存在を知っているよ。その上で隠しているのさ」
桃太はカムロの低い声色から、冷たい怒気を読み取って、背筋がヒヤッとなった。
「でも、この話は今度にしようか。先にクマ国の始まりから話した方が良さそうだ」
牛頭の仮面を被った村のまとめ役、カムロは桃太と、紗雨、乂を屋敷へと連れ帰る途中で、〝異世界〟の成り立ちについて話してくれた。
驚くべきことに、〝こちらの世界〟は絢爛たる古代文明を築き上げた後、一度滅亡したのだという。
「一〇〇〇年前に、世界を自分のものだと勘違いした馬鹿な集団がいたんだ。名前を仮に〝八岐大蛇〟としておこうか。そいつらは、君たちの世界で言うところの大量殺戮兵器を暴走させ、世界中に呪いを振り撒いて人類の大半を殺害した……」
「そ、そんなことが、あったんですか」
桃太は内心、そんな馬鹿なと笑い飛ばそうとして、地球も笑えないことに気がついた。
半世紀以上前に、某軍事独裁国家が〝核兵器に似た新型兵器〟の暴走で吹き飛ぶまで、地球も核の報復合戦で滅亡する可能性があったのだから。
否、今は心配ないと、どうして否定できるだろう?
「桃太君のいる地球にも、避難シェルターとかコールドスリープとか、そういう技術があるのだろう? 幸いにも蘇生に成功した人々が、この世界を復興させてクマ国を建てたんだが、大地に呪いの影響が残ってしまってね。地球の人々とは外見が違うんだ」
桃太はなるほどと頷いて、新しく友となった二人を見た。
乂が村民からいただいたきゅうりにかじりつき、紗雨が行儀が悪いとガミガミ叱っている。
子供達を優しい視線で見守るカムロの足は、相変わらず見えない。
「カムロさんも、それで足が見えないんですか?」
「僕は少し事情が異なる。半世紀以上前に、キミ達のいる地球と繋がった時、異界迷宮カクリヨが出現したことで、クマ国でもモンスターが暴れてね。地球と同様に、一度は滅びの際まで追い詰められたんだ」
桃太は、地球と異世界クマ国が繋がった理由も、異界迷宮カクリヨが両世界に出現した理由も、某軍事国家による新型兵器実験の暴走と関係があるのではないか? と感じたが、口には出せなかった。
「僕はこの世界の危機に呼び出された、大昔の幽霊だよ。まったく死後にまで働かされるなんて、ひどい残業にもほどがあるだろう?」
「クマ国には、死んだ人を蘇らせる方法があるんですか?」
もしそんな手段があるのなら、殺された呉陸喜にもまた会えるかも知れない。
そう考えた桃太が食い気味に尋ねると、カムロは肩をすくめた。
「まさか。そんな都合の良い方法なんて、あるわけない。僕も本当は死んだオリジナルとは別人だよ。似ているだけの幽霊を影武者にたてたんだ。里の皆には内緒だよ」
桃太は「それでも貴方は幽霊なのでしょう」と指摘しようとしたものの、踏み込めなかった。
情報量が多すぎて、カムロがいかなる真実を話し、どんな嘘をついたのか、彼には判別がつかなかったからだ。
「さて、着いたぞ。靴はその靴箱へ置いてくれたまえ」
会話に夢中になっている内に、太陽は西の空に沈み、目的地に到着していたらしい。
屋敷の門は大きく、庭には紅葉を迎えた大小様々な木が植えられ、石の敷き詰められた区画や、鯉の泳ぐ池まであった。
桃太は、情緒のある玄関をくぐり靴を脱いで床にあがると、廊下まで広くて気後れした。
「突き当たりの部屋にある風呂を沸かしてあるから、汗を流すといい。その間に僕は医者を呼んで、お粥を用意しよう。明日はいただいた野菜を使って、ささやかながら宴を開こうじゃないか」
桃太は頷いた。礼を言おうとして胸が詰まった。
親友を失い、職場を追われ、新たな友を得て、異世界に迎えられた。
張り詰めた緊張が解けた瞬間、心の中がぐちゃぐちゃになって、両目からボロボロと涙がこぼれた。
「よーし桃太。一緒に入ろうぜ。紗雨も一緒に来るか?」
「さ、サメエっ」
「サメの格好なら大丈夫だろ。って、いきなり変身して歯を剥き出すなよ、怖いぞ」
「乂。紗雨ちゃんは女の子なんだから、からかっちゃダメだよ」
「むふふー。ガイと違って、桃太おにーさんはわかってるサメ」
桃太にとって、彼の肩を何でもないように叩く乂と、普段と変わらない顔で手を引いてくれる紗雨の存在は救いだった。
「桃太君、安心したまえ。キミと遥花さんは、このクマ国にいる限り守ってやれる」
「ありがとうございます」
桃太は、カムロの配慮に今度こそ礼を言って、乂と紗雨に連れられるままに、ドタバタと湯殿へ走っていった。
「そうとも、子供が戦うなんて間違っている。キミ達を守るのが、僕達大人のつとめだ」
カムロは三人を見送ると、懐から和紙を取り出して鶴を一二羽ほど折った。
「まずは医者、次にギオン、ヤマト、サカイ、ツシマ、エド、イナバにヒメジ……他にも必要か。遥花さんが追われたのなら、きっと一〇年前の騒動に匹敵するだろう。忙しくなりそうだ」
カムロは、本物の鶴のように一声鳴いて飛んでゆく折り鶴を見送った後、粥を炊くべく、台所の竈門に火を入れた。
あとがき
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