第189話 決着
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額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、彼の顔左半分に張り付くサメの仮面となった少女、建速紗雨は、仲間達の願いを胸にただ走る。
「任せろ、啓介さんを止める」
「悲しいことは終わりサメエ」
四鳴啓介が変じたドラゴンゾンビは、石化させた元勇者パーティ〝S・E・I 〟団員の生命を生贄として食らうことで不死身の生命を実現していた。
しかし、仲間達の活躍で救出が進んだ以上、決着はもうすぐだ。
「四鳴啓介、皆の声が聞こえないのか? 誰だってままならない中でいきているんだぞ!」
「貴方を心配してる声だってある。自分勝手もいい加減にするサメエ」
桃太が瞳を青く輝かせ、紗雨が勾玉から銀色の光を発しながら竜の懐に飛び込み、力を合わせて巨大な水の竜巻を生み出した。
「邪魔をするな。幸せになるべきは私だけだ!」
八岐大蛇・四の首こと、ドラゴンゾンビとなった四鳴啓介は、自らを縛る鬼神具、夜叉の羽衣の一部である赤いリボンを力任せに引きちぎり、黄金色の落陽に照らされた、白銀に輝く竜巻を逆に喰らわんと黒く輝く糸を撒き散らした。
「紗雨ちゃん、ぶった斬って、穴をあける」
「桃太おにーさん、わかったサメエ」
されど、桃太は衝撃に干渉する緋色の手袋、日緋色孔雀でその力を反射させ、拡散と収束を繰り返して、白銀の穿孔器を形成。
「「必殺、銀鮫竜巻穿孔撃!」」
黒く輝く糸をドリルで巻き取って粉砕し、全長五メートルに及ぶドラゴンゾンビの鬼面を割り、胸板を穿ち抜いた。
「臨兵闘者皆陣烈在前――九字封印!」
虚栄の玉座に座った大蛇の操り人形、四鳴啓介を掴み出した。
「憑依解除。やったぞ、これで戦いも終わる!」
桃太は紗雨と分離しつつ、サーファーがジャンプを決めるように水柱と波に乗って、夕暮れの黄金に染まる湖畔の浅瀬へ着地を決める。
「これでどうだ! 啓介さん、正気に戻ってくれ」
「キシシシ、無茶を言う。私に、正気なんてあったのかな?」
額に十字傷を刻まれた少年が振り返った時、オレンジ色髪の青年は人間の原型をとどめていなかった。
彼の四肢と胴体は、肉や骨ではなく赤い霧と黒い雪で塗りつぶされて、それもドロドロと解け崩れている。
「出雲君。そんな顔をしないでくれ、私の自業自得というものだ」
啓介は暗くなってゆく異界の空をみあげた。
「私は物心着いた時から、ずっと勇者として認められたかった。だから手段を選ばず、力を求めた。……そして、出雲君、キミの活躍に嫉妬した。建速さん、キミが仲間を鼓舞する姿を憎んだ」
神や皇帝を名乗った男の真実は、どこまでも人間的でちっぽけな執着だった。
「私は、〝百腕鬼の縄〟〝和邇鮫の皮衣〟、ゴルゴーンに変じた〝ペガサスの沓〟、神鳴鬼ケラウノス、多くの力を求めたが、満たされなかった。確かに私はバカボンボンだったようだ……」
啓介はゴホゴホと咳き込んだ。彼の瞳はもう見えていないのか、方向がズレている。
「今なら三縞凛音が〝鬼の力〟を憎んだ理由がわかる。桃太君、この後も、私のように〝鬼の力〟に狂う者がいるはずだ。どうか、どうか気をつけてくれ」
桃太と紗雨は崩れゆく啓介の体を抱いて、別れの言葉を告げた。
「さようなら、啓介さん」
「またいつか、サメエ」
「さようなら、私を止めてくれて、私を看取ってくれてありがとう」
太陽が沈むと同時に事切れ、溶け落ちた啓介が最期に浮かべた表情は安らかだった。
あとがき
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