第18話 クマの国、クマの里にて
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牛頭の仮面を被った、両足の見えない幽霊男は、紗雨と乂の訴えを聞くやいなや、殺気を霧散させた。
「驚かせてすまなかった。僕はカムロ、本当の両親を亡くした紗雨と乂の保護者で、クマ国のまとめ役のような仕事をしているんだ」
「お、俺は出雲桃太。矢上遥花先生の、生徒です」
桃太は悩んだ末に、そう名乗った。
彼はすでに勇者パーティ追放されていたし、何より〝C・H・O〟は親友の仇であったからだ。
「ジジイ、オレは……」
乂も谷での威勢の良さはどこへやら、雨に濡れた子犬のようにしょんぼりと項垂れている。
「乂、遥花さんは君にとって姉代わりだった親戚の仇だ。頭に血が上るのはわかるよ。だけど、よく踏みとどまったね」
「相棒の、桃太のおかげだよ」
「サメサメ」
乂が告白して紗雨が肯定すると、カムロは仮面越しにも伝わる笑顔で黄金色と白銀色の髪をわしゃわしゃと撫でた後、桃太に頭を下げた。
「桃太君、ありがとう。遥花さんをこのままにはしておけないから、我が家に来るといい。君もその格好では落ち着かないだろう?」
カムロが人差し指をひとつ鳴らすと、一陣の風が吹いた。
桃太が瞬きして目を開けるや下着一枚だったはずなのに、ライトピンクのニットシャツを着て、黒いマウンテンパーカーを羽織り、同色のストレートパンツを穿いた、カジュアルな衣服を身につけていた。
遥花もまた、リボンこそ赤一本に減っているものの、薄い緑と藍色のフリルワンピースに、象牙色のタイトスカートいう、彼女の趣味に一致した格好に変化している。
「カ、カムロさん。この服はいったい?」
「ちょっとした神通力だよ。幽霊といえ、薄着は目に毒だからね。屋敷まで少しあるが、歩けるかな?」
桃太は大丈夫だと告げて、遥花を抱きあげようとしたが、先にカムロが背負ってしまった。
「僕と彼女は古い知人だから、安心したまえ。もし浮気なんてしたら、死んだ妻が怖いからね」
カムロは冗談めかして告げたが、桃太は真実だと感じたので、彼に託すことにした。
「では、帰ろうか」
カムロを先頭に畑のあぜ道を歩いてゆくと、里の住人らしい人々が一斉に集まってきた。
「カムロ様、今日もお疲れ様でした」
「紗雨ちゃんは、今日も可愛いねっ」
「乂君、あまりやんちゃしてはいけないよ」
「今日は新しいお友達がいるじゃないか! きゅうりは食べるかい?」
「ギオンかサカイから来たんだろう。お土産に蜜柑を持っておいき」
村人たちは、取れたばかりだろう野菜や果物を手渡してくれて、桃太も乂も紗雨も手がいっぱいになってしまう。
「皆さん、愛されているんですね」
「ああ、ありがたいことだよ。桃太君、ひょっとして聞きたいことがあるんじゃないか?」
桃太はカムロに水を向けられて、思わず頷いた。
異界迷宮の最深部、魍魎の谷で初めて出会った時。
着ぐるみ少女の紗雨は、空飛ぶサメだった。
なんちゃって不良少年の乂は、黄金色のヘビだった。
牛頭仮面を被るカムロは足のない幽霊で……。
桃太が先程からすれ違う人すれ違う人、肉体の一部が動物のものだったり、翼や尻尾が生えていたり、果ては河童や天狗といった妖怪めいた容姿の村人までいた。
しかし、彼らはモンスターのように暴れるのではなく、日々を平穏に過ごしている。
「カムロさん。ここは地球とも、異界迷宮カクリヨとも違う、まったく別の〝異世界〟なんですね?」
「そうだ。クマの国、クマの里へようこそ。出雲桃太君、地球から来たキミが我々の良き友人となってくれることを願うよ」
桃太は頷いた。
命の恩人である紗雨や乂はもちろん、カムロや里人達と仲良くなりたいという気持ちに嘘はない。しかし。
(乂は遥花先生を知っていたし、カムロさんも古い知人だと言った。だったら)
桃太は、胸の中でざわめく疑問を思わず口に出していた。
「どうして冒険者組合は、いいや、日本国や地球にある他の国々は、クマ国のことを何も知らないんだ?」
あとがき
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