第17話 異界迷宮の最果て
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出雲桃太は、着ていた灰色ツナギを気絶した矢上遙花にかけて抱き上げると、下着一枚の半裸姿で緩やかな谷底を登った。
サメの着ぐるみを被る少女建速紗雨と、不良金髪少年五馬乂に導かれ、ひたすらに坂道を歩く。
四人はいつしか螺旋を描く洞窟に入り込み、やがて観音開きの金属製の扉に辿り着いた。
「桃太おにーさん、到着だよ」
「ウェルカム・トゥ・ジ・アンダーグラウンド!」
「紗雨ちゃん、案内ありがとう。乂はこの後、布団でのたうち回っても知らないからな」
ともあれ桃太は両手が塞がっていることもあり、紗雨と乂の助けを借りて、肩で押すようにして扉を開いた。
真っ先に見えたのは、懐かしい黄昏を告げる太陽の光。そして――。
「なんだよこれっ。太陽がある、家がある、畑がある。どうなっているんだ?」
桃太は異界迷宮を、モンスターはびこる危険なダンジョンと認識していた。
洞窟の外が樹木だらけの森でも、真っ赤な一面の荒野でも、意外とは思わなかっただろう。けれど。
「驚いた、驚いた? ようこそ、クマの国クマの里へっ。ここは〝地球とは異なる世界〟サメエ」
「シャシャシャ、どうした相棒? 布団でのたうつのは桃太の方じゃないか?」
桃太は呆然と立ち尽くした。
田舎から都会に出た彼にとって、山を切り開く段々畑も、石で築かれた灌漑水路も、瓦屋根の木造平屋建ても、見覚えのある光景だ。
(でも、黄昏の空に、逆三角錐型の岩盤がいくつも浮かんで、木の枝みたいな橋で繋がって、赤い鳥居が並んでいる。こんなの地球じゃ見られない!)
桃太は衝撃のあまり、遙花を抱いたままふらふらと歩き出した。
心の中で表現しようも無い喜びが渦巻いて、踊り出したい気分だった。
「まさか異世界が、本当にあったなんて。リッキーにも見せたかったっ」
桃太は浮かれていて、気づかなかった。
ほんのすぐ近くにある畑で、ひとりの痩せた男が鍬を振っていることに。
「あ、すみません。お仕事の邪魔をする気は無くて……」
桃太は頭を下げて、気がついた。
(どういうことだ。このひと、足がない?)
腰の下あたりから透明になって、人体にあるべきはずの脚部が存在しない。
痩せた男は義足も無く、車椅子もなく、杖にも頼らずにひたすらクワを振り、畑へ堆肥を入れてかき混ぜている。
「まさか、ゆうれいなのか……?」
「紗雨、乂。この半裸男は誰だ?」
農作業に勤しんでいた男が、桃太達の方向を振り返る。
桃太の目に真っ先に映ったものは、男が被った牛の頭を模した仮面だ。
仮面の奥に隠された黒い瞳が吊り上がり、凍りつくような殺気が飛んできた。
(ああ、無理だ。これはさすがにどうにもならない)
桃太はその瞬間、死を覚悟した。
「幼い頃の面影がある。その女は、矢上遥花だろう。手の跡から見て、彼女と乂を殴ったのはお前だな。随分な格好だが、紗雨と乂を脅して人質に取ったつもりかい?」
桃太にはわかった。
里を取り巻く風が、踏み締めた大地が、牛頭仮面の男に怯えていた。
せめて遙花だけでも巻き込むまいと足下に安置して、介錯を求めるように男の前へ進み出た。
(鷹舟副代表は実戦経験がゼロじゃ、相手にならないって言っていたけれど。いったいどれだけの戦いを乗り越えたら、こんな風になってしまうんだ?)
殺意溢れる足の見えない男は、鍬を畑の溝へ転がして、無手のまま一歩を踏み出した。眼前の男ならば、桃太を殺すのにわざわざ武器など必要あるまい。
「サメエッ。ジイチャン、ダメエエエ」
「すまんジジイ。そいつじゃないっ。瑠衣姉の仇と思って、殴ったのはオレだ」
「紗雨も乂も、何を言ってるんだ? お前たちは、〝鬼神具〟の剣と勾玉に呪われたせいで、迷宮内じゃ人間に戻れないだろう? ……まさか。彼は、巫か!?」
☆注目★
乂君に引き続き人間だと明らかになった
建速紗雨ちゃんです^^
あとがき
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