第16話 意地の張り合い
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出雲桃太と建速紗雨は、矢上遥花を〝夜叉〟の呪縛から解き放つことに成功し、彼らもまた憑依を解除した。
「ありがとう。紗雨ちゃんっ」
「桃太おにーさん。おやすい御用サメ!」
額に十字傷が刻まれた灰色ツナギの少年と空飛ぶサメ娘は、手とヒレでハイタッチを交わし、その場でくるくると回って喜びを噛み締めた。
「まだだっ! 桃太、サメ子。オレはまだ納得していない」
しかし、戦いは終わらない。
五馬乂。黄金色のヘビが錆で赤茶けた短刀に巻きついて、一陣の突風を吹かして、人間へ姿を変えたからだ。
「相棒。お前と契約したから、〝クマ国の外〟でも人間に戻れるようだ。矢上遥花は、姉貴の仇だ。オレはそいつを殺したい!」
乂は、桃太と同年齢程度の……、深紅の瞳と美しいストレートの金髪を持つ美男子だった。
ただし、背中に『漢道』と刺繍した革ジャンを素肌の上に羽織り、太腿の付け根から裾まで広いドカンめいたボトムを身につけ、足には金属輪で補強したライダーブーツを履くという――大昔の不良を連想させる、かっ飛んだ衣装を身につけていた。
「ガイのバカ。って、本当サメ?」
ぼふん、という気の抜ける音を発して、空飛ぶサメが変化する。
こちらは乂よりも、ひとつふたつ年下だろうか?
丸く大きな碧い瞳を輝かせ、絹糸のように細く短い白銀の髪を川風になびかせた美少女が、サメをデフォルメした青と白の二色で彩られた着ぐるみを被って桃太を見上げていた。
桃太は紗雨を前に、魂を抜かれたかのように呆然と見入ってしまった。
「桃太おにーさん、驚いたサメ? 今の本心を、勘違いファッション不良のガイに言ってやるといいサメ!」
「うん、紗雨ちゃんが愛らしくて、心底驚いた。相棒、お前の外見も最高に格好良いが……」
「サメエ!? 〝地球の服装〟って、ああいうのサメ?」
桃太は遥花と紗雨を背に庇うように進み出て、ビシッと乂を指差した。
「動けない相手を殴ろうなんて真似は、最低にダサいな。殴るなら、俺を殴れ!」
「上等だ相棒!」
「サメメメ!?」
紗雨がパニックになる中、桃太と乂は殴りあった。
防御を捨てた右ストレートがお互いの顔面を直撃し、同時に鼻血を噴き出す。
「やるじゃないか桃太。オレが認めた相棒だけあるぜ!」
「劣等生だった俺を、矢上先生が鍛えてくれんだ。乂、どんな因縁があるかは知らないが、彼女に手は出させない。相棒というなら尚更だっ」
「おにーさんもガイもやめるサメっ」
紗雨の制止を振り払い、桃太と乂は嵐のようなパンチの応酬を続ける。
「おいおい、桃太。そんなヘナチョコパンチは効かないぞ」
「乂こそ、もっと拳に力を入れろよっ」
「サメエエ!」
どれだけがむしゃらに殴り合っただろうか?
桃太と乂は同時に倒れ、這いつくばってなお、互いに向けて拳を振り上げた。
「出雲君、乂君、ゴメンナサイ」
一瞬だけ意識が戻ったのだろう。
気絶していた遥花が起き上がり、かすれたような呻き声をあげて、二人を抱きしめた。
彼女の柔らかな腕と胸に包まれて、桃太と乂は顔を真っ赤に染め、別の意味で鼻血をこぼしながら拳を止めた。
「桃太。この女は昔、戦闘中に停戦の旗を振って、武器を捨てたオレと姉さんを騙し討ちにしたんだ。だけど、オレの復讐に相棒を巻き込むのは違うよな」
「乂、何か事情があったのかも知れない。先生と話し合ってくれ。俺も一緒に聞くから」
桃太は右手を差し出し、乂も頷いて仲直りの握手を交わした。
「……いいや、これはオレとリボン女の問題だよ。サメ子、谷を出て里へ帰ろう。桃太と契約を交わしたんだ。クソジジイ、カムロの判断を仰がなきゃならん」
「カムロのジイチャンは、紗雨とガイの保護者で、とっても偉いひとサメ。きっと桃太おにーさんの力になってくれるサメ」
「それは、ありがたいな」
桃太は灰色ツナギを脱いで下着姿になると、再び意識を失った遥花に服をかけて抱き上げた。
異界迷宮に果たしてまともな〝里〟があるのか不明だが、紗雨と乂に先導されて河原を歩く。
「そうだ、カムロに会う前に言っておく。桃太はきっと、どの勢力にとっても〝切り札〟になる。相棒を招いた者が優位になるんだ。だから、あのヘンクツジジイに言いくるめられるなよ」
☆注目★
今回、人間だと明らかになった
五馬乂くんです^^
あとがき
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