第165話 鮮血
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西暦二〇X二年六月三〇日午前。
四鳴啓介が操る全長一〇メートルの巨大な鋼鉄の鬼、神鳴鬼ケラウノスと、〝鋼騎士〟、や、〝式鬼〟の大軍を前に、焔学園二年一組の研修生と、勇者パーティ〝N・A・G・A〟の団員が守る清水砦は、甚大な被害を受けた。
「……正門、裏門共に破られ、屋敷は消滅。もはや籠城しても、全滅は時間の問題でしょう。遺憾ながら、清水砦を放棄します」
本丸で指揮を執っていた幸保商二は辛くも屋敷の倒壊から生き延びて、砦北側の一角で血の気を失った焔学園二年一組の生徒達と、〝N・A・G・A〟の冒険者達を前に、最後の指令を伝えようとしていた。
「矢上先生は、生徒達を連れて脱出してください。ここからは大人の役目です」
「待ってください。〝夜叉の羽衣〟で支援しますから、全員で逃げることだって――」
「貴女は今、レジスタンスの指揮官ではなく教師のはず。優先順位を間違えないでください」
幸保商二は、かつて日本政府に反乱を起こした〝C・H・Oの代表、三縞凛音から、秘密兵器の補給砦を任されるほどの傑物だった。
そんな若き指揮官と彼の仲間達は、ケラウノスの恐怖を前にしても、怯むことはなかった。
「獅子央孝恵様と五馬家には感謝しています。私達のような元〝C・H・O〟の生き残りに、勿体ないほどの死に場所を用意してくださったのだから」
冒険者の中には恐怖のあまり失禁する者や腰を抜かす者もいたが、それでも笑顔で武器を掲げた。かくして……。
「総員、北の岩場に向かって走れ。研修生達を守るぞ!」
「うおおおお、やってやらあ」
絶体絶命の危機の中、悲壮な撤退戦が始まった。
「俺達の命に替えても子供達は地上へ送る」
「ぐはあああっ」
テロリストに堕ちた〝S・E・I 〟の大軍にすり潰されるように、〝N・A・G・A〟に所属する冒険者達が倒れゆく中――。
「駄目なんだサメ、簡単に生命を諦めるものじゃないサメエエ」
銀髪碧眼の巫女服少女、建速紗雨は、最前線で龍笛と呼ばれる和風の横笛を奏でていた。
〝鬼の力〟が持つ狂気に汚染された犠牲者は、文化的なアプローチによって正気を取り戻すことが可能だ。
「AAA、わ、わたしは、なんで、こんなことをっ」
「GRUUUU!?」
紗雨は、巫女としての力を笛の音で増幅させ、敵軍の動きをにぶらせて仲間の撤退を支援しつつ……。
手足にまとわせた浄化の水を当てることで、灰色の鎧を着た〝S・E・I 〟の団員や、赤い八本足の虎に憑く、赤い霧や黒い雪を祓い、無力化していった。
そんな紗雨の活躍が、目についたのか?
「そこのガキ、見覚えがあるぞ。邪魔なんだよおおおっ」
清水砦の屋敷跡に陣取った、神鳴鬼ケラウノスから伸びる糸がびかびかと輝き、紗雨に向かって赤い八本足の虎が群れをなして殺到する。
「さ、サメエエッ?」
啓介が更に強大な鬼の力で操っているのか、もはや紗雨の奏でる曲や浄化の水すら、阻むことが叶わなかった。
「出雲君のためにも、この子達だけは守るっ」
「やらせるものかっ、ぐわあああ」
幸保商二ら、勇者パーティ〝N・A・G・A〟の冒険者達が紗雨を守ろうと奮戦するも、血煙をあげて倒れた。
「幸保さん、みんなっ。四鳴啓介。卑怯者め、お前なんかの思い通りにはならないサメッ。あううっ」
紗雨もまた、一瞬の隙を突かれて八本足の虎、〝式鬼〟の爪を背中に受けて、赤い血がほとばしった。
あとがき
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