第15話 サメと〝行者〟
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「よっシャ、桃太の異能は掌握した。これでトドメだっ」
桃太に取り憑いたヘビのお面、五馬乂は彼の肉体を勝手に操作し、鬼女と成り果てた恩師、矢上遥花の生命を奪おうと右拳を振り上げた。
桃太の目に映る、圧縮された風をまとう素手は、あたかも獲物を食らうヘビの顎門か、罪人に振り下ろされる断頭台の刃が如く、ギラギラと輝いて見えた。
「乂っ。やめろ、やめてくれ」
桃太は必死で叫ぶも、乂の殺意は止まらない。
「ごめんなさい、先生っ!」
「ひっさつ、らせんっ」
振り下ろされる右拳に躊躇はなく、ありったけの殺意をこめた一撃が、遥花の喉元へ迫る。
「サーメェッの神楽舞を見るサメえっ」
「しょお、アウチっ!?」
「なんだ、体が急に止まった。いや、〝鬼の力〟が抜けている!?」
しかし、風の拳が遥花の命を刈り取る直前に、空飛ぶサメこと建速紗雨が尾びれや背びれをふりふりと動かしながら、ぴょんぴょんと踊るのが見えた。
それは子供が踊るような無邪気な舞踊だったが、桃太は彼女から目が離せなかった。
「てめえっ。サメ子、邪魔をするな!」
乂は怒り狂ったものの、桃太がサメの踊りに見入るほどに、右拳がまとう殺意の風は四散する。
おまけに大技を空打ちした反動か、乂が奪った肉体のコントロールも甘くなっていた。
そして、桃太は気づく。紗雨がくるくると舞いながら、つぶらな瞳を腰帯に差した黄金色の短剣に向けていることに。
「紗雨ちゃん、これを手放せばいいんだなっ」
「よせ相棒!」
「断る。憑依解除」
桃太が短剣を放り捨てるや、黄金色の輝きは失せて赤茶けたナマクラに戻り、桃太に張り付いていたお面が外れて、黄金色のヘビに姿を変えた。
そして引き換えるように、桃太が左手首に巻く、ヒビの入った翡翠の勾玉が白銀に輝く。
「舞台登場、役名変化――〝行者〟ッ。サメイクヨー!」
水が舞った。水飛沫は谷にはびこる鬼気や瘴気を散らし、荒れ狂う川面をも鎮めた。
桃太の格好は、真っ黒な忍者衣装から一転し、白衣に鈴懸を羽織った修験者風の法衣姿となり、傷ひとつない白銀に輝く勾玉を左手に結わえ、左目の上にはサメ顔に似たお面を被っていた。
「〝忍者〟の次は〝行者〟だって? いったい、俺に何が起こっているんだ?」
「AAA……。ニゲテッ、コロシテッ」
乂による殺害を免れた夜叉だが、言葉とは裏腹に、彼女の肉体は闘争を続行する。四本の剣に熱と冷気が集中し、刀身が陽炎のようにゆらめいた。
(まずい、さっきの必殺技がくる。今度は紗雨ちゃんがいないから、空にも逃げられない)
桃太が冷や汗をかきながら回避手段を模索していると、左目の上に被ったサメのお面から無邪気な声が響いた。
「桃太おにーさん。紗雨におまかせサメ。サーメードーリール!」
「え、ドリルって何?」
「おい、サメ子。オレの首をつかむんじゃない。ぐええっ」
紗雨は桃太の右手を動かして黄金のヘビとなった乂を掴み、翡翠の勾玉を結えた左手に水を集め――螺旋を描く掘削機を作って、頭から河原に飛び込んだ。
「サメだもの、地面の中だって潜れるサメ!」
「待って、なにかおかしいよっ」
紗雨は、破壊される河原の地下をドリルで掘り進み、夜叉の背後へと飛び出した。
「AAAA!」
されど、夜叉も予測していたらしい。
全長三mの妖艶なる鬼女は、頭を再生したコブラ蛇に火球で援護させつつ、四本の刀で斬りかかってきた。
「サーメーぶーんーしーん!」
紗雨はドリルの水を変化させて、桃太に似た囮を五体作り、俊敏な足捌きで高速移動する。
彼女は囮を巧みに利用することで、夜叉が四本の腕と剣で繰り出す、袈裟斬り、逆袈裟斬り、斬り払いに切り下ろし、突きといった連続攻撃を見事にかわしてみせた。
「桃太おにーさん、驚いたサメ? このとおり、分身だって出来るサメ。紗雨はいつか星の瞬く宇宙を泳ぐのが夢サメ」
桃太はようやく勘違いに気がついた。
(この子、鮫じゃない。フィクションで稀にある〝サメ〟じゃないか)
世には、頭が二つ三つと増えたりサイボーグ化されたり竜巻になって空を飛んだり、銀幕を縦横無尽に駆けるサメ映画が存在し、熱烈なファンから愛されている。
紗雨もまた、そんなファンの一人なのかも知れないし……。
あるいはサメというイメージが作り出した、妖怪そのものなのかも知れない。
「桃太おにーさんは、先生を助けたいサメ? だったら、それだけを願って。紗雨と勾玉がお手伝いするサメ!」
紗雨は、両手の人差し指を立てて印を結び――。
「ああ、やろう。一緒にだ!」
桃太もまた一心不乱に彼女の動きに続く。
「臨兵闘者皆陣烈在前――九字封印!」
左手で右手を覆い、九つの印が結ばれた時……。
矢上遥花を覆っていた夜叉の肉体、赤い霧と黒い雪がバラバラになって崩れ、鬼の仮面が乾いた音を立てて河原に落ちた。
あとがき
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