第156話 乂と凛音、カクリヨへ向かう
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「……乂君、助かったんだな。ボクは荒事が不得手だけど、せめてダンスで手伝うんだな」
決着のあと、ようやくデスク裏から出てきた獅子央孝恵は、丸々した体をぽよんぽよんと震わせながらダンスを踊り、一〇人の刺客に取り憑いた〝鬼の力〟の結晶、赤い霧と黒い雪を祓ってゆく。
その間、三毛猫姿の三縞凛音を肩に乗せた、天狗面を被った五馬乂は、白い胴着の懐から風呂敷を引き出すと、〝鋼騎士〟が背負っていたランドセル型蒸気機関の残骸と、強い森の香りが残る木炭を手早く拾って手早く包んだ。
「孝恵のおっさん。クマ国にも〝前進同盟〟って過激派がいてな。カムロのジジイは、そいつらが異界迷宮カクリヨでも使用可能な蒸気機関を流出させたことで、〝神鳴鬼〟ケラウノスや、〝鋼騎士〟が作られたことを悔やんでいた。だから、オレも凛音も協力したが……」
乂は代表室内部の監視カメラとマイクが壊れ、襲撃者達が気絶していることを念入りに確認した上で、天狗のお面を外し。
「ゲットロスト!」
「へぶっ!?」
罵声をあげて、踊り終わった雇い主の頬を殴りつけた。
「オレはアンタが五馬家と弟の碩志、何よりも相棒とサメ子を巻き込んだことが許せない。それでも、この一発でチャラにしてやるぜ!」
「にゃにゃ(ちょっと、そこまでしなくとも)」
乂は凛音の抗議を敢えて無視し、部屋の隅までゴロゴロと転がった孝恵に背を向けて風呂敷包みをつかんだ。
「ど、どこへ行くんだな?」
「シャラップ! アルバイトは終わりだろう。相棒とサメ子を助けに行く」
「さ、紗雨ちゃんは、第五階層の砦にいるんだな。もうすぐ霊脈の安定する時期だし、きっとクマ国を経由した方が早いんだな」
「ああ、いつぞやの一〇〇インチテレビを運んだやつか」
乂は半年前に、クマ国で地上との交信に使った大型モニターのことを思いだした。
乂の相棒である桃太は、ダンジョンの中をえっちらおっちらと運んだと誤解していたが――。
地球とクマ国が互いの存在をはじめて認識した半世紀前ならいざ知らず。
現在では、日本の首都東京。
アメリカの政治中枢であるワシントン。
欧州連合理事会の本部があるベルギーのブリュッセルなど……。
地球各国の重要都市とクマ国を繋ぐ直通の転移門が用意されていた。
とはいえ、異界迷宮カクリヨを経由する転移門とは異なり、両者を繋ぐ門を使用できるタイミングは月に数度、双方の世界が安定する僅かな時間だけだ。
加えて、移動の際には各国指導者とクマ国代表の間で交わされた〝勘合の符〟と呼ばれる、両方の世界に分けた許可証が必要になる。
「そっちは皇居の側で、実は獅子央邸の中庭にもあるんだな。はい、〝勘合の符〟だ。使って欲しいんだな」
そして、どうやら獅子央家当主にも、クマ国に通じる門と鍵が預けられていたらしい。
「サンキュッ。有り難く使わせてもらう。それとアルバイト代だが、日本円は要らないから、オッサンが持っているバイクを一台くれ。カムロなら、この蒸気機関の残骸と単車があれば、きっとカクリヨ内でも走れる蒸気バイクを作れるはずだ」
「そ、それは、許可できないんだな」
「おっさん、意趣返しのつもりかよっ」
金髪の少年は、一瞬血が昇るも――。
「乂君。胴着と下駄でバイクに乗るのは、危険なんだな。ガレージの備品は持っていっていいから、ちゃんと上着と靴を履いてヘルメットもかぶるように。クマ国には道路交通法がないかもだけど、身を守るために大切なことなんだ、な」
「そっかー。ありがとなー」
「なー(な、なんという正論)」
孝恵のもっともな忠告を受けて、乂は深々と頭を下げた。
あとがき
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