第141話 桃太の再起と試練
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西暦二〇X二年六月二日の朝。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、青空の見える入り口からびゅうびゅうと風が吹き込み、天井の岩肌から清水の滴る洞窟で目覚めた。
「そう言えば、昨日、転落中に見つけて飛び込んだっけ?」
桃太は、クラスメイトと共に第六階層〝シャクヤクの諸島〟での実地研修を終えて、地上へ帰還しようとしたところ、八大勇者パーティのひとつ〝S・E・I 〟の襲撃を受け――。
四鳴啓介が無理やり操った親友の妹、呉陸羽にナイフで腹を刺されかけ――。
戦友の祖平遠亜、柳心紺ともども断崖絶壁から突き落とされる――。
と散々な目に遭っていた。
しかしながら、担任教師の矢上遥花が見抜いたように、流血に見えた液体の正体は薬であり、一夜明けた桃太は元気だった。
「羅生は、四鳴家が仕掛けてるって予想していたのかな? だから〝お前は刺されそうだから、研修のしおりを腹に巻いて、高級治癒薬を手放すな〟って、忠告してくれたんだ……」
「出雲君は、朴念仁だね。羅生が心配していたのは、女性かん、ごほん。そういう意味じゃないと思うよ」
瓶底眼鏡をかけ、白衣を着たショートボブの少女、祖平遠亜が、天井の岩盤から染み出す湧き水で顔を洗いながら、呆れたように呟いた。
「まあまあ、遠亜っち。アタシたちは、出雲のおかげで助かったんだから、怒らない怒らない」
遠亜の親友であるサイドポニーの鬘をつけた少女、柳心紺も隣で歯を磨きながら、赤い八本足の虎、〝式鬼〟のブンオーに水を飲ませている。
「俺だけの力じゃない。祖平さんが洞窟を見つけてくれて、柳さんとブンオーが手助けしてくれたから逃げられたのさ」
「BUNOOO!」
桃太が背を撫でると、ブンオーはくすぐったそうに鳴いた。
桃太は啓介に断崖から突き落とされた直後、岩肌にロープ付きの楔を打ち込んで三人と一匹分の命綱を張ったものの、地層が脆すぎて長くは保たなかった。
そこで、心紺の操るブンオーに捕まり、桃太と遠亜が放つ衝撃波を利用して、ジェット噴射の要領で洞窟に飛び込んだのだ。
そんなことを思い返していると、三人分の腹が鳴る音が洞窟内に響き渡った。
「あはは、昨夜は敵に見つからないよう火を焚かなかったものね」
「出雲君、心紺ちゃん。まずは朝御飯を食べてから、どうするか決めよう」
「そうそう、時間ならいっぱいあるし。あ、料理はアタシと遠亜っちがやるから、出雲は薪を集めてね。紗雨ちゃんがいないから料理は厳禁デス」
「はい……」
桃太は洞窟内に舞い込んだ落ち葉や乾いた小枝を集め、心紺が鬼術で火を点けて焚き火をつくり、遠亜が干した餅や、燻製した野菜、肉を串に刺して炙った。
ついでに小鍋で沸かした湯を回し飲みをする。熱いものを口にしたことで、エネルギーがふつふつと湧いてくる気がした。
「ねえ、出雲は登攀が得意な〝斥候〟だし、ブンオーもたいていの山を登れるけど、ここから元の場所には戻れないんだよね?」
「この洞窟はしっかりしているけど、昨日、打ち込んだ楔が落ちちゃったからね。海風のせいか、それとも脆い地層なのか、いずれにせよ危険だと思う」
「かといって海まで降りたとしても船がない。まずは洞窟内を調べてみよう」
桃太、遠亜、心紺の三人とブンオーが慎重に洞窟を探索すると、その最奥でおそらくは人工的に作られたらしい玄室を発見する。
そこにあったのは、〝シャクヤクの諸島〟の地表部分で見たものと同じ環状列石と空間の裂け目からなる〝転移門〟だった。
「やったね! 出雲、遠亜っち。この門をくぐれば、第五階層〝妖精の湖畔〟に戻れるよ」
「ああ、行こう!」
「第五階層に繋がっていいのだけれど……」
そうして三人が転移した先は残念ながら青い湖ではなく、土煙の吹き荒れる赤い荒野だった。
「「第七階層、〝鉱石の荒野〟だこれー」」
「BUNOOO!?」
あとがき
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