第140話 謎解きと分岐点
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「建速紗雨め。クマ国を束ねる武神、カムロが懇切丁寧に育てたからか? それとも先祖から継いだのは、料理の味ではなく〝竜殺しの英雄〟の資質だったか? 出雲桃太のあっけない結末は残念だったが、片翼を失ったあの娘がどこまでやれるか見物よの」
「あら、伊吹さん。桃太君は生きていますよ」
「えっ!?」
栗色の髪を赤いリボンで結び、薄い緑と藍色のフリルワンピースを着た女教師、矢上遥花がはちきれそうに大きな胸を張って断言したことで、昆布のようにのっぺりとした黒髪の痩せた少女、伊吹賈南は目を丸くした。
「今日までの過酷な特訓メニューは、今のような窮地を想定したものでした。〝斥候〟として、伊吹さんが罠を得意とするように、桃太君は生存力に長けています。ゴールデンウィーク前の登攀授業を見る限り、彼はビルの壁面だってよじ登れるでしょう。断崖から落ちたくらいで死ぬはずがありません」
「……妾の髪が抜けるほどの、スパルタ授業はそのためか。なるほど出雲桃太が万全であれば、生存の可能性もあるだろう。しかし、直前に腹を刺されて海に転落したのだぞ。内臓を傷つける大怪我では、手足の踏ん張りもきくまい」
「遠視の術で見ましたが、桃太君のお腹から溢れていたのは血じゃありません」
「ならば、腹から染み出していた赤い液体は、いったいなんだというのだ」
賈南の問いに、遥花が指で示したのは、研修生達が腰やリュックに縛り付けた〝血のように赤い液体入りの瓶〟。生徒たちが授業で作った、高級治癒薬のレッドポーションだった。
「……出雲桃太め、刺されたのにすぐ動けたわけだ。確かに色合いがそっくりだから、遠目ではわからん!」
「四鳴啓介が、自身の手で桃太君を刺していたならば、必ず違和感に気づいたことでしょう。己が手を汚すことを嫌い、他人を操ったからこそ見逃した」
心ならずも桃太を刺した呉陸羽に至っては、操られている間は自身の意識を失っていたのだ。パニックになって、勘違いするのも無理はない。
「桃太君だけでは無茶をするので心配ですが、優秀な参謀である祖平遠亜さんと柳心紺さんの二人も付いています。あの子達は、必ず戻ってきます」
「汝の予想が当たれば良いがね。まあ観劇を続けるとしよう」
賈南がニヤリと笑った時、紗雨の警告が響いた。
「「GUOOOO!」」
「矢上先生、賈南ちゃん。後ろから馬のモンスターが近づいてくるサメエ。だんだん人間ぽく変化してるサメエ」
「あれはケルピー。水辺に棲む馬に似た妖精ですが、人間に化けて水中に引きこむ悪しきモンスターです」
「ふん。人に化けるなら妾の罠も効くだろうさ。先ほど採った茨を利用した即席だから、期待はするなよ」
遥花はフリルワンピースからロケットのように突き出た胸部を弾ませつつ、肢体を飾るリボンを伸ばして、上半身を人に化けた馬の妖精を転倒させる。
賈南はスレンダーな体を包む鎧の隙間から、マキビシなどの小さな罠をばらまいて、人間への変化を終えつつあるケルピーの足止めをする。そして――。
「四鳴家も愚かなことだ。ダーリン、うまくやれよ」
罠の中に混ぜ込んで、折り紙で作ったヘビを十二枚分、物陰へと投げ入れた。
桃太の師匠であるカムロが、かつてクマ国へ侵略してきた勇者パーティ〝C・H・O〟の黒山部隊から防衛するため、情報を封じた折り鶴を各都市に飛ばしたように――。
賈南もまた、この一日で目撃した啓介の奇襲から始まる景色を鬼術によって封じ、〝式鬼〟として放ったのだ。
迷宮を移動し、海を越える際に何体か脱落したものの、ヘビ折り紙の式鬼はわずか二日で、彼女の元夫であり冒険者組合の代表、獅子央孝恵の手に渡った。
「ありがとう、マイハニー。これで四鳴家と勇者パーティ〝S・E・I 〟を倒せる。それにしても、桃太君が無事であればいいのだけれど……」
あとがき
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