第138話 龍笛の音色
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西暦二〇X二年の六月一日の昼。
出雲桃太は、レジスタンス以来の戦友である、祖平遠亜、柳心紺と共に、〝S・E・I 〟の代表たる緋色の戦闘服と蒸気鎧を着込んだ青年、〝鬼勇者〟四鳴啓介の攻撃を受けて崖から転落した。
「う、ウチのせいだ。ウチがトータさんを刺したから」
山吹色の髪を三つ編みに結った少女、呉陸羽は上司に駆け寄り、彼の胸をポカポカと叩いた。
「啓介様、どういうこと? ウチはただ真実を確かめたかっただけ。戦う前に聞いていいって約束だったのに、どうしてウチを操ったの?」
「キシシ。八大勇者パーティの血縁者ならいざ知らず、田舎娘との約束なんて知ったことかよ。私が貴様を拾ったのは、最初から出雲桃太を葬るためだ。お前の愚かさが、あのロバ野郎を殺したのだ」
「ウチが殺した。ウチがトータさんを、あに様を殺しちゃった。いやああああ」
滂沱の涙を流す陸羽に、赤い霧と黒い雪が集まる。
彼女の足を緑の鱗が覆い、あたかも蛇のように変化する。額から角、背からは折れた翼が生えて、異形の鬼へと変身を遂げる。
陸羽が契約した〝鬼神具〟たる金具、〝ペガサスの沓〟が暴走しているのだ。
「鬼に堕ちるならそれも良い。〝和邇鮫の皮衣〟と同様に、骨と灰に至るまで利用してやるぞ。私は良い経営者であり、世界皇帝なのだから。キシシシシシシ!」
◇
啓介が我が世の春が来たとばかりに高笑いをあげる一方――。
焔学園二年一組の生徒達は、第六階層からの脱出口である〝転移門〟を前に沈み込んでいた。
「出雲が死んだら、勝てるわけない」
「降伏も許されないんだから、いっそ自分で死ぬ?」
桃太の死に衝撃を受け、石柱の並ぶ地面を叩く者や、悲鳴をあげる者が続出した。
しかし、そんな生徒達を包み込むように澄んだ音色が響き渡る。
桃太の妹分であり、パートナーでもあった、銀髪碧眼の少女、建速紗雨が鞄から取り出した竹製の横笛、龍笛を手に吹き鳴らしたからだ。
紗雨が七つの指穴を細やかに抑えながら奏でる玄妙な曲を聞いて、二年一組の生徒達は次第に平静を取り戻した。
「落ち着いた? 紗雨にはわかるんだ。桃太おにーさんは生きているサメ」
出雲桃太と建速紗雨、この場にいない五馬乂の三人は、鬼神具を通じた契約で繋がっている。
もしも、本当に桃太が死んでいたならば、紗雨は呪いによって空飛ぶサメの姿に変わっていることだろう。
「でも、出雲が腹を刺されたんだ」
「だって、三人とも海に落ちてしまった」
「でもも、だってもないっ。皆も一度はサメ映画を見たことがあるはず。事件が起きたときに騒ぐ登場人物がどうなるか思い出すサメ!」
紗雨の挙げた例は日常的だったからこそ、研修生達は一瞬、絶望から頭を切り替えた。
「ああ、サメ映画は詳しくないけど、ゾンビ映画やゲームでパニックになった奴って、たいてい死んじゃいますね」
桃太と仲の良かった天然パーマの級友、関中利雄が服の袖で涙を拭って立ち上がり。
「こんな場所にいられるかと、身勝手な行動を取り、翌日死体で発見される。推理小説で何度か見た光景は、さすがに避けたいな」
桃太とはそりがあわなかった、羅生正之もまた、杖を手にへたりこんでいた腰をあげた。
「桃太おにーさんが戻るまでは、みんなの命は紗雨が預かるサメ。第五階層〝妖精の湖畔には、半年前〝C・H・O〟が使っていた砦があるサメ。今は冒険者組合の管理になって、他の冒険者もいるはず。まずはそこを目指すサメよ!」
「「は、はい」」
桃太の死というショックからは復帰できないものの、二年一組の研修生達はひとまず整列し、紗雨が示したひとまずの目的地に向かって歩き始めた。
(桃太おにーさんの帰る場所は、紗雨が守るんだサメエ。だから絶対に生きて、戻ってくるサメエ)
紗雨は龍笛を懐に入れると、泣き顔を他のクラスメイトに見せないよう袖口で涙を拭い、倒れそうな背中を必死で伸ばした。
あとがき
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