第137話 悲劇
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「トータさん。ウチ、トータさんに聞きたいことがあるんです」
「リウちゃん、待って。この灰色の世界は〝時空結界〟か。啓介め、一対一を狙っているのか?」
桃太は、唐突に張られた現実空間から隔たれて、灰色に染まった結界に意識を取られ、また呉陸羽が親友、陸喜の妹だったため、彼女の様子が不自然なことに気がつかなかった。
「なぜ私のお兄さまを見捨てたのです」
「俺がリッキーを、見捨てた……?」
もしも桃太が冷静であれば、山吹色の髪を三つ編みに結った少女、陸羽が〝ウチ〟ではなく〝私〟といい、陸喜を〝あにさま〟ではなく〝お兄様〟と呼ぶおかしさを警戒したことだろう。
「貴方は、〝C・H・O〟を倒せる力がありながら、どうして呉陸喜を殺したの?」
「リウちゃん、待ってくれ。俺が、リッキーを殺しただって……?」
しかし、桃太は陸羽の弾劾によって心を乱し、反論もできずに立ちすくんでしまう。わずかに一呼吸程度の時間だったが、それは致命的な隙となった。
「「その子は、四鳴啓介に操られている!」」
〝時空結界〟が解けて、灰色の世界が色を取り戻し、遠亜と心紺の警告が届いた時には、何もかもが遅かった。
「キシシシシ。出雲桃太、このロバ野郎め。やってやったぞ!」
「ぐおっ……」
啓介が高らかに笑う。
桃太の腹には、陸羽が握りしめたU字型の短剣が突き刺さっていた。
「――トータさん、教えてください。先のクーデターであにさまを、えっ?」
同時に、啓介が〝鬼神具〟から伸ばした、輝く糸による操作が解けたのだろう。
呉陸羽は正気を取り戻し、真っ赤に染まった己の手を見て言葉を失った。
「気にしないでくれ。リウちゃんは、啓介に操られていただけだ」
桃太はゆっくりとU字型の刃を引き抜いたものの、ジャージの腹部から赤い液体がボトボトと滴りおちて、丘陵の土と草を染めた。
「キシシシシシ! 我が策なれり!」
黒幕たる男、四鳴啓介は、断崖に吹く海風にも負けぬ大声で笑い、桃太に自らとどめを刺そうと戦場に飛び出した。
「舞台登場 役名宣言――〝鬼勇者〟! 冥土の土産に世界皇帝の勇姿を焼き付けよ!」
啓介のオレンジ色の髪が蜘蛛糸のように広がり、品の良い白スーツが無数の宝石と貴金属で飾られた、緋色の戦闘服と金属鎧に変化する。
「我が〝鬼神具〟たる〝百腕鬼の縄〟の力を見るがいい!」
啓介がまとう緋色の鎧から、光輝く何千何万という糸が噴出し、長さ五〇メートルを超える巨大な腕を一〇〇本も編み上げる。
「トータさん、動いちゃダメ。死んじゃうよっ」
「リウちゃん、俺は死なない。我流・長巻! 我流・手裏剣!」
桃太は手負いにもかかわらず、このままでは陸羽が巻き込まれると直感して、彼女を残して前方へと突撃。
右手に衝撃波をまとわせて糸の腕を切り払い、衝撃波をこめた石礫を緋色の戦闘服に命中させた。
「この卑怯者!」
「四鳴啓介ええっ!」
同時に、祖平遠亜が杖に縫い付けていた爆風を放ち、柳心紺が左の籠手と一体化した機械仕掛けの弓から矢を射るも、肌にぴったりと張り付いた啓介の戦闘服には、傷一つ付けること叶わなかった。
「キシシシ。この程度なら策を弄するまでもなかったか。〝巫の力〟というのも噂ほどでは無いな。我が鎧と戦闘服は希少な鉱石、日緋色金と、先の戦いで貴様達から回収した〝和邇鮫の皮衣〟を素材に、〝神鳴鬼〟で加工した逸品よ。力の差を思い知るがいい!」
啓介が勝利宣言とばかりに言い放つや、灰色鎧の背部ランドセルから赤黒い煙が噴出し、千切れた糸が復元され――。
「これが勇者の、世界皇帝の力だ。さらばだ。寒門のロバと裏切り者よ!」
「「うわあああ」」
「BUNOOO!?」
一〇〇の巨腕が、桃太、遠亜、心紺の三人と、ブンオーと名付けられた式鬼を吹き飛ばし、南の断崖絶壁から叩き落とした。
あとがき
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