第132話 八岐大蛇の首
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「妾が、出雲桃太を守る為に罠を仕掛けただと?」
焔学園二年一組の担任教師である矢上遥花は、手を繋いだ伊吹賈南が、整理できない感情を持て余しているように見えた。
「矢上遥花、汝は知っているだろうに。一〇年前に獅子央孝恵を石化させたのは、以前の妾。獅子央賈南だぞ?」
「でも、そのお陰で孝恵様は八大勇者パーティの悪意から狙われることなく生き延びました。賈南様は、夫である孝恵様を守ろうと、敢えて矢面に立たれたのではありませんか?」
一〇年前に英雄、獅子央焔が死んだ後――。
焔の後妻、楊子の父であった弘農楊駿は、偽の遺言状を使って冒険者組合の代表となり、〝勇者党〟なる新たな政党を組織して日本国を支配しようとした。
とはいえ、楊駿は無能すぎて政界は大混乱。〝勇者党〟も売名だけが取り柄の素人政治家ばかりを集めたために、次の選挙では軒並み落選。無能なる簒奪者はショックのあまり鬼と化して、娘の楊子と心中した。
賈南は、意趣返しとばかりに親子の死体を石化したものの、彼の転落そのものに関与したわけではない。
「一〇年前、弘農楊駿様の失政のあと、後始末に奔走された一葉亮様も鬼に堕ちて、二河家と五馬家に討たれました。その後に八大勇者パーティ同士が衝突した事件は、賈南様にとって本意ではなかったはずです。だって、わたしが停戦旗を使用したいと申し出た時、賈南様は孝恵様と同様に認めてくださいましたから」
遥花が振った停戦旗に従い、他の八大勇者パーティによる二河家と五馬家への討伐が止まっていたなら、今日の混乱は無かったかも知れない。
しかし、そうはならなかった。
「ふんっ。妾に遠慮する必要はないぞ。停戦旗に従って武装放棄した二河家と五馬家を滅ぼすように、〝C・H・O〟の鷹舟俊忠をそそのかしたのは、奴に取り憑いた〝鬼の力〟。すなわち、妾と同じ八岐大蛇だ。当時の鷹舟は、〝J・Y・O〟と、〝S・E・I 〟を追われたことで、野心に燃えていたからな」
鷹舟が手柄欲しさに、非武装の二河家と五馬家に攻撃を加えたのを着火点に、四鳴家をはじめ他の八大勇者パーティも彼に続いた。
このスキャンダラスな事件の結果、冒険者組合の良心的指導者は軒並み失脚。
八大勇者パーティでは、若い当主を立てた欲深な取り巻き達が主導権を握り、ひたすら金と権力を求める方向へ堕落した。
そして獅子央賈南もまた、夫である孝恵を石化させた後、ブレーキが壊れたように己が権益を拡大し、〝鬼の力〟を広めようと悪事に手を染めた。
「でも、わたしは思うのです。賈南様。いえ、伊吹さんの意思は、果たして八岐大蛇と同じなのでしょうか?」
「矢上遥花、汝は何を言いたい?」
「八岐大蛇の首は八本もあるのでしょう。伊吹さんは自分を大蛇の首と言いましたが、中には一本くらい他の七本と違う考えを持つかも知れない。だからわたしは貴方を見極めたい」
「好きにしろ。だが、他の八岐大蛇の首……その代理人も、妾と同じくらい狡猾かも知れんぞ? 妾が仕掛けた罠も、残り少ない。このままではじきに追いつかれるぞ」
賈南の見通しは、正しかった。
焔学園二年一組の研修生達は、南の丘陵にある環状列石に似た転移門を目指し、途中の森を抜けるも、罠を突破した勇者パーティ〝S・E・I 〟から熾烈な追撃を受けた。
最後尾で殿軍となって戦う、出雲桃太と祖平遠亜の前に、赤い八本足の虎に乗り、灰色の蒸気鎧を着て、左の籠手と一体化した機械仕掛けの弓を手に現れたのは――。
「出雲。アタシと戦って!」
かつて桃太と共にレジスタンスとして戦った、サイドポニーの目立つ少女、柳心紺だった。
あとがき
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