第131話 賈南の罠と揺れる心
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昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南は、異界迷宮カクリヨの第六階層〝シャクヤクの諸島〟の特産物を使って、ネムリキノコを利用した罠やら、カヤクバコノミを仕掛けた簡易地雷やらと、キャンプ地周辺に山ほどの仕掛けを施していた。
「こ、これが二年生の罠だって?」
灰色の蒸気鎧を着た〝S・E・I 〟の冒険者のうち五人が、騎乗した虎の八本足をロープに絡め取られた上に、自らの足も縛り上げられて動けなくなり――。
「工作部隊でも、ここまで見事なものは見ないぞ」
更に五人が足罠を避けたところで、異界のトリモチを踏んで、式鬼もろとも白いグズグズの塊に取り込まれて固まってしまう――。
「こ、この海藻女めえええ!?」
オレンジ髪の青年、四鳴啓介の苛立つ声が、青い空の下、赤いシャクヤクが彩る緑の盆地に響き渡る。
勇者パーティ〝S・E・I 〟の襲撃者二〇人のうち、すでに半数が罠にかかり、進むことも戻ることも出来なくなっていた。
「報告にあった伊吹賈南とはお前のことか。容姿はともかく、名前も態度も、死んだ忌まわしい魔女と全く同じでムカつくぞ」
「アハハ、妾に似ているということは、絶世の美女にして聖女だったに違いないのうっ。さあクラスメイトどもよ、我が手腕を讃えるがいい!!」
賈南はバレエの舞台にでもいるかのように右の片足で立ち、左足を伸ばす、俗にアラベスクと呼ばれるポーズをとって、啓介を手招きした。
先方からは当然のように無視されたものの……。
「賈南さん、ありがとう!」
「賈南ちゃんは最高サメエ!」
「「伊吹、良くやった!」」
桃太や紗雨、彼女に生命を救われた二年一組の生徒達は、賈南へ惜しみのない拍手を送った。
「ええー、本当に褒めちゃうの? 妾、びっくり!?」
「伊吹さん、本当に助かったわ」
賈南はクラスメイトの予想外の反応にたじろぎ、不安定なポーズを維持できずに転びかけたところを、担任教師の矢上遥花に受け止められた。
賈南の枯れ木めいた体は、遥花の柔らかな肉体にスポンジのように沈み、皮肉げな小さな顔も大きな二つの膨らみに包まれてしまう。
「こ、こら、息が苦しいぞ。その豊かな胸がむかつくわい」
「獅子央賈南様も、若い頃は可愛かったのかしら?」
賈南はニコニコと微笑む遥花から逃れようと、手足をバダバタと振り回しつつ、南の方角を指差した。
「出雲、転移門のある南の丘陵に向かって走れ。通路になる森と断崖付近には、退路確保のために罠を仕掛けてある。有効に使うと良い」
「わかった。みんな、賈南ちゃんの好意に甘えよう。遥花先生との一カ月の訓練を生かすのは今だ。全員で生き延びるぞ! 我流・直刀!」
桃太は迂回して退路を阻もうとした、灰色の蒸気鎧を着た〝鋼騎士〟二人を、衝撃波を伴う蹴りでなぎ倒し、背部から生えたオルガンパイプ状の排気口を叩き折った。
「なぜだ。なぜ私達とこうも戦える? ぐはっ」
「〝斥候〟なのに、〝鬼勇者〟に匹敵するじゃないかっ。うわああっ」
桃太が退路を切り開いたことで、焔学園二年一組の生徒達は、第五階層〝妖精の湖畔〟へ繋がる〝転移門〟、環状列石がある南の丘陵に向かって逃走を開始する。
賈南もまた遥花に手を引かれて走り出すも、呆れたように鼻を鳴らした。
「出雲め、妾は八岐大蛇の首のひとつ、その代行人だぞ。自分達に向けて、罠が火を噴くとは思わんのか。あっさりと信じるとは愚かなやつだ」
「ですが、伊吹さんはそんな桃太君を気に入っているし、先ほどからの罠も彼を守るために準備したのでしょう?」
あとがき
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