第125話 紗雨のお料理教室
125
桃太の包丁を握る危うい手つきを見て、銀髪碧眼の少女、建速紗雨がすっとんで来た。
「桃太おにーさん、包丁は右手でしっかり持って、まな板と垂直になるよう引く。左手は猫の手のように丸めて、刃と引っ付けるサメエ」
「な、なるほど? 立ち方も悪いのかな?」
桃太は紗雨のアドバイス通りに包丁を振るうものの、何々の形とか何センチ刻みでとか指定されると、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
「さ、紗雨ちゃん。串焼きを作るだけなんだし、肉や野菜を切る形とか大きさとか、テキトウでいいんじゃないかなあ」
「桃太おにーさん、そういう細かいところから味が変わるサメ。これはカムロのジイチャンの思い出話なんだけど、とっても怖い怪談があるサメ」
昔、とある一家がお嫁さんの手料理を食べたら――。
あまりの不味さに家族が失神し、村落全体を巻き込むほどの大騒ぎになったというのだ。
「またまたカムロさんったら、言い過ぎだろー」
「サメメ、ジイチャンのことだから、盛ってるに決まっているサメ」
桃太も紗雨も突拍子もない事件だと、まるで本気にしなかったが、意外なところから裏付けが取れた。
「サメ女、何を言っている。カムロの思い出話は、〝美化をしている〟し〝過少申告〟だぞ?」
昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南がハクビシンのミンチ肉を使ったハンバーグを焼きながら、口を挟んだのだ。
〝鬼の力〟を統べる八岐大蛇の化身、代理人を自称する彼女の暴露話に、桃太と紗雨が目を丸くしたのは言うまでもない。
「賈南さん、美化ってどういうこと?」
「おかしいサメ。カムロのジイちゃんだって、昔話の料理が美味しいなんて、一言も言っていないサメよ?」
「サメ女よ、過少申告なのは破壊力だ。
妾が受け継いだ記憶を参照するに――。
汝が〝母方の先祖〟が作った料理皿を食べた八岐大蛇の眷属一〇〇体が、あまりのマズさに耐えきれず消滅した。
その後も一個軍団がパニックになって潰走したというのだから、まさに禁断のメシマズよ」
桃太と紗雨は、戦慄した。
八岐大蛇も泣いて逃げだすとは、本当に食料だったのだろうか?
「賈南さん。その皿ってば、料理じゃなくて、罠だったんじゃないの?」
「だが、他ならぬ彼女達の旦那と子供も口にして、ひっくり返っていたぞ?」
どうやらメシマズ過ぎて、無差別兵器に進化したらしい。
「さ、紗雨ちゃん。俺、頑張るよ。レシピ通りに作れるようにする」
「サメー……。御先祖はいったい何をやっていたサメエ」
紗雨は、カムロが自身につきっきりで料理を教えた理由がなんとなく腑に落ちて、がっくりと肩を落とした。
「ふふ、そう落ち込むな。妾も盗み喰いした記憶があるが、汝が〝父方の先祖〟が作った料理は、ほっぺたが落ちるほどにうまかった。汝ならその域まで達すると信じているぞ」
「賈南ちゃんは、どういう目線で言ってるサメー。あと、ちゃんと分けるから盗み喰いはやめるサメエ」
「え、いいの? サメ女、お前いい奴だな。汝のことはデリシャスサメ女と呼んでやろう」
「賈南ちゃん、紗雨と名前で呼ぶサメエ」
「わ、わかったぞサアメ。おい、出雲桃太、あとそこでみている矢上遥花も笑うんじゃない」
賈南が顔を赤らめながらハンバーグを焼き上げ、付け合わせの野菜ソースと一緒に煮込んで皿に盛った頃――。
「よーし、できた。皆で分けよう、たっぷりあるぞ」
林魚の鹿鍋も食べ頃になり――。
「ウサギのジャーキーは時間がかかるので、先に鳥のたたきを持っていってください」
「よしきた」
関中、羅生の天敵コンビが作った燻製も続々と仕上がって――、試食会はおおいに盛り上がった。
桃太の串焼きも、紗雨と共同作業で作り上げたせいか、そこそこ好評だった。
「「おいしかった。ご馳走様!」」
かくして焔学園二年一組はゆっくりながらも結束し、新しい学校生活は和気藹々と進んでいた。
しかし、平穏の終わりはすぐそこまで迫っていたのだ。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)