第121話 第六階層〝シャクヤクの諸島〟
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桃太と紗雨が、乂や凛音と共に天ぷらパーティを楽しんでから数日後、五月の連休が明けていよいよ本格的な授業が始まった。
「皆さん。ゴールデンウィークはゆっくり休めましたか? 今日から異界迷宮カクリヨに入り、第六階層、〝シャクヤクの諸島〟を目指します」
栗色の髪を赤いリボンで結び、薄い緑と藍色のフリルワンピースの胸部をあたかも果実でも実っているかのように押し上げた担当教師、矢上遥花に引率されて、焔学園二年一組五〇人は、伊豆諸島の北に位置する無人島〝雷島〟へ専用船で移動した。
「紗雨ちゃん、この水音が懐かしい気がするよ」
「桃太おにーさんと一緒に地上へ出た日のこと、今でもはっきり覚えているサメ!」
桃太達は光り輝く〝裂け目〟をくぐり、第一階層〝水苔の洞窟〟から探索を開始。
遥花の案内で、いくつものワープゲートをくぐり、一〇日をかけて、〝色鮮やかな花と緑が美しい島々〟の南端。断崖に近い丘陵に設置された、環状列石へ辿り着いた。
「いやっほう、綺麗だなあ」
「潮の匂いがするサメエっ」
桃太や紗雨だけでなく、天然パーマの小兵戦士、関中利雄を中心とする一般研修生も、七三わけの長身術士、羅生正之がまとめる八大勇者パーティ縁の研修生も――。
洞穴を何日も歩いた後に風光明媚な海原を目撃して、磯臭い潮の匂いをかぎ、打ち寄せる波の音を聞いたことでテンションをあげた。
「遥花先生、異界迷宮カクリヨの中には、これまで水場や湖もあったけど、海まで存在するんですか?」
「そうですよ、桃太君。
ここは、第六階層〝シャクヤクの諸島〟。
山林と海浜に囲まれた重要な資源回収拠点です。
研修生の皆さんには、今日から一カ月の間。
ここより北の森にある盆地で、農業と漁業、狩猟を体験してもらいます!」
「「な、なんだってーっ」」
遥花の説明によると、日本を含む地球の国々は、異界迷宮カクリヨ内部を地球化する足掛かりとして、生産拠点を築くべく試行錯誤を重ねているのだという。
特に第六階層である〝シャクヤクの島〟は、水はけの良い肥沃地という好立地から、工業資源目的の第七階層〝鉱石の荒野〟と並び、重要なテストケースとなっているらしい。
一行が森の中を踏み固められた山道を抜けると、整地されたキャンプ場や、農地らしき囲いが見えた。
「農業なら、実家で慣れている。頑張ります」
「農業はともかく、迷宮生活は慣れたもんさ」
「ぼくも勉強させてください!」
桃太は林魚や関中と一緒に、盆地の中に目指して走り出したが……。
「賈南ちゃん、待つサメエ」
「伊吹さん、〝斥候〟といえ、個人行動はいけませんよ」
紗雨と遥花は、勝手にクラスの輪を離れた賈南を追いかけた。
彼女は初日にクラス全員に暴言を吐き、また一人だけやる気のない様子から、イジメの対象になりかねなかった。
「あーもー、一人が好きなのにっ。これではサボることもできないではないかっ」
しかしながら、桃太とコンビを組んでいる紗雨と担任の遥花が、つきっきりで目を光らせていたため、滅多な行動に出る級友はいなかった。
紗雨も遥花も、本当のところは〝賈南が他の生徒を害さないよう〟目を光らせていたというのが正しい。
「賈南様は、なぜ八岐大蛇の力を使われないのです?」
「サメサメエ。賈南ちゃんは本気で走ったら音速を超えられるし、スタミナだって底なし沼、戦っても強いサメ?」
三人は時を止めた灰色の結界の中で、秘密の会話を交わす。
遥花は、一〇年前に部下として働いた経験があるため、紗雨や桃太と同じく賈南の正体を見抜いていた。
二人の質問に、賈南は悪戯っぽく微笑んで見せる。
「……〝焔学園〟という舞台にあがると決めたからな。役者には従うべき規範がある。この肉体でいる限り、妾は八岐大蛇の力を使うことはない。〝鬼の力〟を持つ、ごく一般的な人間の役割に徹するさ。だってその方が、面白いだろう?」
あとがき
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