第120話 ゴールデンウィークの一幕
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出雲桃太と建速紗雨、伊吹賈南ら、二年一組の生徒達は、担任教師である矢上遥花の指導のもとで一カ月間みっちりと訓練を積んだ。
最初はジャージなどの軽装だった一〇キロのランニングも、いつしか鎧や槍を着込んで移動する行軍練習へと変わり――。
人工島〝楽陽区〟の水運を担う川を丸太船を造って渡河したり、命綱と金属楔を使って山の岸壁を登ったり、と訓練メニューは過酷で多岐に及んだ。
「おにょれ、いたいけな美少女〝斥候〟にこの仕打ち。いつか必ずウラミ晴らしてやるからなーっ。ガクリ」
その指導の厳しさたるや、賈南の艶なき黒髪が、昆布どころか乾いた干物に見えるほどのスパルタであり――。
「あ、遊びに行きたいのに」
「か、身体が言うことをきかないサメ」
桃太と紗雨も休日に遠出もできず、商店街で買い物したり、公園で散策したりといった、近場のデートで我慢。
待ちかねたゴールデンウィークも、桃太の部屋で二人肩を寄せ合って、サメ映画を鑑賞しながら身体を休めていた。
「おいおい、相棒もサメ子も不健康だな。これだから都会暮らしはいけない」
「乂、言葉が過ぎるわ。千里を見通す瞳で見たけれど、矢上先生の訓練はワタシも冷や汗をかくほどに苛烈だったもの。出雲君、カムロさんから預かったお土産を持ってきたわ」
桃太の相棒であり紗雨の幼馴染である五馬乂と、かつて勇者パーティ〝C・H・O〟の代表であった三縞凛音が、山盛りの山菜を手に天井裏から入室してきたのは、五月連休の真っ最中だった。
「びっくりした。乂と凛音さんじゃないか。いらっしゃい。お土産、ありがとう!」
「都会の学校は恐ろしいサメエ……って、ガイってばまた変な格好サメ。今度はどんな漫画の影響を受けたサメ?」
三毛猫に化けた凛音をマフラーのように首に巻いた乂は、服装こそ背中に『漢道』と刺繍した革ジャンを素肌の上に羽織り、太腿の付け根から裾まで広いドカンめいたボトムを身につける、いつもの不良ファッションだったが……。
「シャシャシャ、この新しい髪型と仮面はどうよっ。カッコいいだろう。ミスターシノビと呼んでくれ」
以前はストレートだった金髪を相撲取りの大銀杏のように結い上げて、鼻の高い天狗のお面を被るという、ファッションの方向性が地球を飛び出しかねないレベルだった。
「乂。シノビを名乗るなら、最初は忍ぶところから始めないか? 伝統的な山伏風とか胴着とか、和風で揃えた方がカッコいいと思う」
「怪しいサメ、不審者サメ。道を歩いていたら通報しちゃうサメっ」
桃太と紗雨は恥ずかしさのあまり顔を覆ったが、乂の首に巻き付いた凛音が口を挟んだ。
「あら、出雲君も紗雨ちゃんも言い過ぎよ。ここは冒険者の集まる聖地、楽陽区よ。少しくらい尖ったファッションの方が目立たないのよ」
「乂、凛音さんと地上で過ごしているのか?」
クマ国からお土産を届けに来ただけなら、こうも極端に正体を隠す必要はないだろう。
「相棒はほんと勘が鋭いな。実家の五馬家絡みで、孝恵のオッサンのところでアルバイト中だ」
「校長のバイト? 俺も手伝うよ。筋肉痛にも慣れてきたんだ」
桃太の申し出に、乂は首を横に振った。
「いやいい。詳しくは話せないが、孝恵のオッサンは相棒と二年一組を釣り餌に、オレと五馬家を竿にして釣りをしてる。そうだ、相棒の家族には信頼できる護衛を派遣したから、心配しなくていいぞ。オレも知っている頼れる人だ」
「そうか、父さんや母さんも……」
桃太のわずかに震える手を、紗雨はそっと握りしめた。
「桃太おにーさん。山菜で天ぷらを作るサメ、食器を出すのを手伝って欲しいサメ」
「紗雨ちゃん、ワタシも一緒に揚げるわ」
「……そういや相棒って、自炊はしないのか?」
「近くにコンビニがあるからね。料理なら、最近訓練でカエルの串焼きと野草スープを作ったよ」
乂は、ひょっとして桃太は料理が苦手なのでは? と一瞬悩んだ。
しかし、料理上手な幼馴染がいる以上問題はないだろうと、深く追求することはなかった。
あとがき
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