第118話 彼と彼女の宣戦布告
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「ああそうか、伊吹賈南。貴方は俺達を知る為に、そして俺達に知ってもらう為に、焔学園二年一組へやって来たのか」
桃太の絞り出した言葉は、はたして真実を射抜いていたのか?
賈南は一瞬、泣くようにも笑うようにも見える、複雑な顔を浮かべた。
「アハハ! ……交渉の掛け金を釣り上げるつもりが、まさか相互理解を望むとはな。出雲桃太にとって、太古の荒御魂が託した〝巫の力〟は添え物に過ぎず、その生き様こそ我ら八岐大蛇にとっての天敵ということか。だからこそ、妾は其方のことを好いている」
賈南は昆布のように艶のない黒髪をかきあげながら、ホオズキの如く赤々と光る瞳を細め、半月のカタチに唇をつりあげた。
「出雲桃太、建速紗雨、そして此処にはいないが、五馬乂……。
妾は其方達であれば見せてくれると期待している。
人間の愚かさが招く、緋色の終末か?
賢明なる意志が開く、白色の平穏か?
どちらにも届かず、賭けが外れるならばそれも良い。
三人まとめて食らうか、妾のバックダンサーにしてやろう」
桃太は、紗雨は理解した。
これは、賈南なりの宣戦布告なのだ。
八岐大蛇に対する真の戦いはここから始まる、と。
「だったら、賈南さんに見せてやる。俺は戦うことになっても、何もかも滅ぼすだけじゃない答えを探してみせる。貴方との折り合い、落とし所を探してみせる」
「その回答こそ、我らが天敵に相応しい。此度の演目も、其方が生き延びられることを祈っているよ」
賈南は満足げに笑い、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、灰色の世界は終わり、三人は喧騒に満ちた二年一組の教室へと戻った。
賈南が最初に告げたように、時間が弄られているのだろう。
特別な〝時空結界〟が展開されてから、一秒も経っていないようだ。
「出雲さん。その生徒は、知り合いですか?」
桃太は、ジャージを着た天然パーマのクラスメイトに問われ、教室中から詰め寄った生徒たちを前に堂々と宣言した。
「そうだ。彼女に危害を加えると言うなら、俺が止める」
背後で紗雨がヤレヤレと手首を振り、賈南がニヤニヤとほくそ笑んでいるのはわかったが、これが桃太の戦い方なのだ。
「ぼくは、関中利雄と言います。出雲サン、やはり貴方は英雄だ。熱くなってすみませんでした」
八大勇者パーティに反感をもつグループは、元より桃太と構えるつもりはないらしい。詫びるように会釈して、自分の席へと戻っていった。
「ふん、元劣等生が強がってみせる」
その一方で、七三分けの髪に細フレームの眼鏡をかけたリーダー格の男子生徒を含め、八大勇者パーティゆかりの研修生達は敵意に満ちていた。
「おれは六辻家に縁のある、羅生正之だ。出雲よ、おれ達のグループはお前を英雄だなんて決して認めん」
されど、いきなり殴りかかるほどには、〝鬼の力〟に蝕まれてはいなかったらしい。羅生というリーダー格の生徒に導かれ、彼らも矛を収めた。
「いよお、二人とも怪我はなさそうだな」
「雰囲気が変だけど、無事だった?」
やがて、リーゼントが目立つ学ラン姿の林魚旋斧と、白衣を着て瓶底メガネをかけた祖平遠亜が教室に入り――。
「静粛に。これよりホームルームを始めます」
最後に、赤いリボンで栗色の長髪をまとめた、担任の矢上遥花が教壇に立つ。
こうして、桃太と紗雨の波瀾万丈な、学生生活が始まった。
あとがき
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