第117話 訪ねた理由
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(ダメだ、賈南さんの言っていることは正しいが、誘導されちゃいけない。何もかもを倒せばいいという理屈じゃ、日本国すべてに戦争をしかけた〝C・H・O〟と同じ結果になる。俺は、〝俺の戦う理由〟と、ちゃんと向き合わなきゃいけないんだ)
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、彼の背中に触れた銀髪碧眼の少女、建速紗雨の手から、温かな熱が伝わってくるのを感じた。
彼女が口を挟まないのは、自分ならば見出せると、信じてくれているからだろうか?
「賈南さん。それでも、何もかもひとくくりにするのは極端すぎる。〝C・H・O〟パーティメンバーの大半は、騙されていただけなんだ」
「だが、消極的にでも支持したのは事実だろう。鷹舟と黒山が命じたにせよ、実際に手をくだした団員達によって何万、何十万人という犠牲が出た。残る勇者パーティは、いったいどれだけの罪を重ねるのだろうな?」
昆布のように艶のない黒髪の少女、伊吹賈南は絶好調で、桃太は押されっぱなしだった。
(マズイ。戦い以外の手段を選ぼうとしても、交渉力や自衛力で負けたら、そもそも戦闘回避が不可能なのか)
残念ながら、今の桃太と鬼の力で若返った賈南では生きてきた年数が違い、踏んだ場数が違う。必死で奥歯を噛み締め、頭をグルグルとめぐらせて……。
「それでも、俺は賈南さんと戦いたくないよ。だってクラスメイトになったばかりじゃないか」
桃太が思わず素で発した言葉に、賈南はからかうように白い歯を見せた。
「アハハハ。まったく其方はお人よしだな。だからこそ、〝スサノオ〟と称されたあの武神や、〝カミムスビ〟と呼ばれた太古の荒御魂は、其方に希望を見出したのだろうが……、甘いと言わざるを得んな」
「サメエ。賈南は、桃太おにーさんが良いカモだと言いたいサメ?」
紗雨は賈南の桃太を侮る口ぶりを見過ごせず、頬を風船のように膨らませる。
「交渉相手は見極めろ、ということだ。
ひとつ教えてやろう。一〇年前に、妾とは別の〝八岐大蛇の代理人〟が、クマ国の善意につけこんで攻め込み、太古の荒御魂――、カミムスビノカミの力を奪おうとした結果、サメ娘は勾玉から離れられなくなり、そやつの両親を含む大勢の血が流れた。
出雲桃太よ。もしも戦いたくないという理由だけで、現実から目を背けるなら、隣にいるサメ娘一人守れないぞ?」
桃太は、賈南の忠告に拳を固く握りしめた。
紗雨が勾玉から離れられなくなったというのはよくわからないが……。
今、彼女に両親がいないのは、賈南とは別の〝八岐大蛇の代理人〟とやらが、おばちゃん幽霊のいう、一〇年前の惨劇を引き起こしたからだろう。
「紗雨ちゃん……」
「桃太おにーさん、落ち込む必要なんてないサメ。紗雨は小さかったから一〇年前のことを良く覚えていないけど、欲望を追い求めて悪さしてる張本人が、人の家について勝手なことを言うなサメ」
紗雨が顔を赤くして威嚇するも、賈南はどこ吹く風だ。
「そう、妾の勝手よ。
だが事実、あの黒山犬斗のように、欲望を追い求めるがまま、火をつけ散らし奪い殺す〝特別な〟輩は他にもいる。
およそスマートとは言えないが、そんな手合いは利用するか、武力で解決するしかない」
桃太は否定したかったが、口を挟むことは出来なかった。
賈南が言っているのは、一線を越える相手と、いかなる形で向き合うかという問題なのだ。
「同時に政治とは、つまるところ妥協点の探り合いだ。
思想信条の異なる相手と切磋琢磨して、折り合いをつける。
その相手として〝平凡なる〟、其方らは、まあまあ合格といえよう」
桃太はここまで聞いて、ようやく賈南の真意、その一端に触れた気がした。
現時点ではダンスも対症療法に過ぎず、獅子央賈南が国策としての研究を止めたこともあって、〝鬼の力〟の汚染を止めるすべはない。
(でも、絶望するのは早計だ。わざわざ研究を止めたのは打開策がある証拠だ。紗雨ちゃんの故郷、クマ国は一千年かけて〝鬼の力〟の呪いと向き合い、解いてきたじゃないか。そして)
あるいは元凶たる八岐大蛇であれば、より効率的な解決方法を知っているのではないか?
もしも交渉の窓口となり得る人物がいるとするなら、それは――。
「ああそうか、伊吹賈南。貴方は俺達を知る為に、そして俺達に知ってもらう為に、焔学園二年一組へやって来たのか」
あとがき
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