第116話 戦う理由
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「……サメメ? 何かあったサメ?」
「なんか、紗雨ちゃんの守護霊を名乗る、ポンコツおばちゃん幽霊がバタバタしてた」
「幽霊がバタバタって、なにそれ怖いサメ。映画でもサメは退治できるけど、ユーレイはなかなか成仏しないサメ。……いつの間にか、桃太おにーさんと抱き合ってる。役得だサメエ!?」
銀髪碧眼の少女、建速紗雨は恥ずかしさに耐えられなかったのか、頬を真っ赤に染めて桃太の正面から離れて背中へと移動し――。
昆布のように艶の無い長髪の痩せた少女、伊吹賈南もまた、おばちゃん幽霊との言い争いに疲れたのか、つねられた腕をさすりさすり距離をとった。
「サメ娘よ、気にするな。今、妾が出雲桃太の質問に答えようとしたところだ。〝何をやっているか〟など、見て分からんか? 舞台を観賞するのだから、近い場所が一番良いだろうと登ったまでよ」
若返った魔女は、僅かに残る色気を見せつけるようにキメ顔で立ち、額に十字傷を刻まれた少年と、彼の背中にぴったりくっついたクマ国の巫女へ向き直る。
「出雲桃太よ。妾の質問にも答えて欲しい。其方の親友、呉陸喜を殺した黒山犬斗と、〝C・H・O〟への復讐が終わった今、戦う理由は見つかったかい?」
伊吹賈南の問いかけは、半年前と同じモノだった。
あの時、桃太は答えを持たなかったが、紗雨と過ごした時間や、三縞凛音との和解、呉陸羽との出会いを経て、確かな想いが芽生えつつあった。
「賈南さん。俺は、誰かと戦う為に冒険者になったわけじゃない。俺の大切な人を守り、お宝を見つけてこの国を富ませ、まだ見たことのない景色を見たいだけだ」
「ほう、ならば〝鬼の力〟は放置しておくつもりか?」
「〝鬼の力〟の悪意はダンスで祓う。賈南さんこそ、戦う以外の解決方法はないのか?」
桃太の返答に、賈南はケラケラと笑った。
「出雲桃太。はっきり言ってやる。そんなものは、ない。八岐大蛇はこの地球を喰らいたいと腹を空かせているし、八大勇者パーティは舞踏で祓えぬほどに欲深い悪鬼の化身と成り果てた。話し合いが成立するのなら、そもそも〝鬼の力〟になぞ魅入られんよ」
「桃太おにーさん。伏胤や黒山みたく、向こうが一方的に害意を持っていたら、どれだけ言葉を尽くしても止められないサメ。身を守るには、力と意志が必要サメエ」
「そ、それはそうだけど」
桃太は、眼前で笑う賈南にとどまらず、彼の背中を抱きしめる紗雨にもダメ出しされて、がくりと肩を落とした。
「出雲桃太よ。自分でもわかっているだろう? 侵略や主権侵害など、絶対に譲ってはならない一線は存在する。相手がラインを越えないと思い込むのは、汝が平和ボケしているからだ。その結果が〝C・H・O〟のクーデターだろう?」
桃太は、額の十字傷に手を添える。
頭が知恵熱で沸騰しそうだった。
(賈南さんは、鷹舟や黒山のように言葉を弄んでいるわけじゃない。多くの人が戦いを望まなかったとしても、国か集団か個人か……、越えてはならない一線を越える加害者と、彼らが踏みにじる犠牲者は、確かに存在するんだ)
だから、戦う。
大切なものを守るために。
(凛音さんの理想を黒山が歪めた先の戦い、〝C・H・O〟のクーデターを鎮めた時は、それで良かった)
けれど、獅子央孝恵校長の言うように、〝鬼の力〟に汚染された八大勇者パーティの傲慢と悪意が明らかになった今――。
単純に彼らすべてを討てば、問題は解決するのだろうか? そもそも討てるものなのだろうか?
(ダメだ、賈南さんの言っていることは正しいが、誘導されちゃいけない。何もかもを倒せばいいという理屈じゃ、日本国すべてに戦争をしかけた〝C・H・O〟と同じ結果になる。俺は、〝俺の戦う理由〟と、ちゃんと向き合わなきゃいけないんだ)
あとがき
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