第115話 守護霊か怨霊か、それとも?
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「太古の荒御魂よ。一〇年前、クマ国で起きた惨劇については、妾は無関係と主張させてもらう。弘農楊駿のせいで、それどころではなかった。アレは、妾とは別の代理人がそそのかした、八闇家による凶行だっ……」
伊吹賈南が、昆布のように黒く艶の無い長髪を振り乱しながら、何か〝重要なこと〟を息巻いていたが、桃太の耳にはまるで入っていなかった。
目の前の光景が信じられなかったからだ。
彼が好ましく思う少女、建速紗雨の変化は紺色のブレザーから巫女服へ変化するにとどまらない。
青かったはずの左目が真っ赤に輝き、年相応に慎ましい彼女の胸とお尻が、目に見えて大きくなっていた。
「貴女は、紗雨ちゃん、じゃないのか? そう言えば、八岐大蛇〝第三の首〟となった黒山犬斗を倒した後も、紗雨ちゃんは巫女服に着替えていたはずだ」
桃太が問いかけると、赤と青のオッドアイを持つ不可思議な女性は、右手で賈南の腕をつねりつつ、左手で色気を増した胸とお尻を隠すように押さえた。
「ええと、オニーチャン。ワタシハ、サアメ、サメダイスキ」
「いやいや。そんな棒読みで喋られても困るっ」
桃太が湿った瞳で様子を伺うと、紗雨に憑いているらしき不審な幽霊は、深呼吸して声を整え始めた。
「待って。頑張って真似するから。おばちゃんは怪しいものじゃないの。一〇年前から紗雨ちゃんを見ている守護霊みたいなものだから。あーあー、トータクン、大好キダヨ♪ これでいいかな?」
「一切合切、なにもかもよくないよ!」
桃太は紗雨の守護霊を名乗る自称おばちゃんが、ポンコツだと判断せざるを得なかった。
「あはは、英雄殿が困惑しているぞ。太古の荒御魂よ、妾も出雲桃太と無理やり愛を交わすのはやめよう。だからつねる手を離して、そのだらしない身体をひっこめろ」
「ンモー、だらしなくなんてない。おばちゃん、ちゃんと鍛えているもの。貴女こそ髪に櫛を入れて、化粧くらいしたらどう? せっかく美人になれそうなのに台無しよ」
「言ったなっ。旦那と別れたから、金と時間が無いんだ。苦学生をいたわれ怨霊め!」
「むかーっ。おばちゃんは、八岐大蛇以外はそんなに怨んでいないから、怨霊じゃありません」
「イタタタ。ああもう、すっごい怨霊だよ。こいつは筋金入りの怨霊だね。ヘビの妾が言うんだから間違いないっ」
紗雨に取り憑いたおばちゃん幽霊? は賈南と、丁々発止とやり合っていたが、不意に桃太を振り向いて豊かな胸の中に抱きしめた。
「わふっ」
失礼だが、容姿に恵まれた担任教師の矢上遥花に勝るとも劣らぬ体の柔らかさに、桃太は思わず赤面する。
「トータクン。……〝巫の力〟が貴方を選んだのは偶然だけど、紗雨ちゃんが慕う男の子が使いこなしてくれて、おばちゃんは嬉しいな」
桃太は、おばちゃん幽霊の前触れもない、素っ頓狂な発言をまるで理解していなかった。
しかし、彼女の腕に抱かれた瞬間、天啓を得たかのように確信する。
〝鬼の力〟に対抗できる自身の力は、このおばちゃん幽霊に与えられたものなのではないか?
「今の話、詳しく聞かせてっ」
「トータクン。紗雨ちゃんやクマ国に住む皆は、おばちゃんの子供や孫みたいなものなんだ。これからもよろしくね!」
おばちゃん幽霊がそう言い残すと、桃太を抱く紗雨の胸とお尻が幻でも解けるように慎ましくなって、巫女服もブレザーへと変化し、元の姿に戻ってしまった。
「……サメメ? 何かあったサメ?」
「なんか、紗雨ちゃんの守護霊を名乗る、ポンコツおばちゃん幽霊がバタバタしてた」
「幽霊がバタバタって、なにそれ怖いサメ。映画でもサメは退治できるけど、ユーレイはなかなか成仏しないサメ。……いつの間にか、桃太おにーさんと抱き合ってる。役得だサメエ!?」
あとがき
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