第114話 〝不可思議な少女〟伊吹賈南
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出雲桃太と建速紗雨は、昆布めいた艶のない黒髪を持つセーラー服少女の正体が――、八岐大蛇の代理人たる獅子央賈南だと知り、驚きのあまり腰を抜かしかけた。
「出雲桃太、〝何をやっているか〟とはつれない質問よな。以前言っただろう? 聖女でも娼婦でも、其方の望むままに演じようと」
賈南が目尻に傷のついた左目を閉じると、パチンと乾いた音が鳴った。
あたかも電灯のスイッチが切り替わるように、教室の景色が灰色に染まり、空間が現実から切り離される。
「妾は先に宣言した通り、愛しい其方に逢うために若返り、別れた旦那、獅子央孝恵校長の権力も借りて、研修生としてやってきたのだ」
桃太は空間に満ちる、酒にも似た甘ったるい匂いに一瞬、足元が覚束なくなった。
「これは、〝時空結界〟か!?」
「サ、サメーっ。教室が空っぽになっちゃったサメ?」
賈南が邪魔だと判断したのだろう。
学生服姿の桃太と、ブレザーを着た紗雨を残し、教室にひしめく五〇人近い生徒達は一人も残っていない。
「獅子央賈南さん。一葉家に伝わる〝勇者の秘奥〟を、貴方は使えるのか?」
「出雲桃太よ。大事なことだから、もう一度言うぞ。妾は獅子央孝恵と離婚したゆえ、今は独り身で旧姓の伊吹賈南だ」
桃太は紗雨が放っておけとばかりに腕の裾を引くのに勘付いたが、名前を間違えるのは失礼と思い、訂正した。
「ごめんなさい。伊吹……賈南さん」
「サメメ。伊吹さん、わかったサメエ」
「うむ、それでよい。妾を誰と心得る? 八岐大蛇だぞ。猿真似に過ぎん〝勇者の秘奥〟などとは違い、我らが結界は対象を指定し、刹那を永遠にも引き延ばせるという優れものよ」
桃太は、異界迷宮カクリヨで黒山犬斗と決着をつけた後、初めて賈南の結界を目撃した際に、カムロの結界と似ていると感じたことを思い出した。
おそらく、二人の使う結界は、地球に伝わるものより高性能なのだろう。
「のう、出雲桃太。もし其方が妾に接吻してくれるなら、手取り足取り指南してやろう。実は、教師プレイというものに憧れていたからな」
伊吹賈南を名乗る少女は、長い黒髪の隙間、赤い瞳を輝かせながら桃太を見上げ、両手で肩を抱きよせながら、胸へとしなだれかかった。
「そういうエッチな動画にありそうな遊びは、孝恵校長とやってください」
桃太はどうにか賈南を引き離そうとするものの、肩に伸びた腕は細く華奢にも関わらず、まるで万力に締め上げられたようにびくとも動かない。
「出雲桃太よ、其方にとっても悪い話ではないだろう?」
「……ふうん。人妻ストーカー八岐大蛇って、嫌な属性たっぷりね、ヘビ女。おばちゃんが言うのもなんだけど、力任せに誘惑しようだなんて、いい年して恥ずかしくないの?」
無理やり行為に及ぼうとした賈南の腕を、横から伸びた手がつねりあげた。
「うぎゃ!!」
「え、紗雨ちゃん?」
桃太は一瞬、隣にいる少女が建速紗雨だと認識できなかった。
紗雨は、紺色のブレザーを着ていたはずなのに、いつのまにか白い着物に緋袴という巫女服に変わっていたからだ。
「だ、誰がいい年だって? 太古の荒御魂め。小娘に憑いているお前が言うのか? イタイイタイ、離せバカ」
「好きで憑いたわけじゃない。スセリちゃん、いえ、紗雨ちゃんがこうなったのも、元はといえば貴方達のせいでしょうに。おばちゃん、クマ国で起きた一〇年前の惨劇のこと、絶対に許さないわ」
桃太は、目の前の光景が信じられなかった。
紗雨の変化は衣装だけにとどまらない。青かったはずの彼女の左目が真っ赤に輝き、年相応に慎ましい胸とお尻が、目に見えて大きくなっていたからだ。
あとがき
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