第112話 焔学園の大混乱
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獅子央孝恵は、英雄、獅子央焔の一人息子である。
退任間近といえ、英雄の一粒種にして冒険者組合の代表である孝恵が、国内最大の育成学校〝焔学園〟の始業式で、八大勇者パーティを正面から批判する演説をぶったことは、マスメディアによって拡散され日本中を震撼させた。
「矢上先生が心配していた通りになったか。出雲、お前は校長に目をつけられて、台風の目になっちまったようだ。心配するな。同じ学校、同じクラスにおれがいる。だから紗雨ちゃんもそんな泣きそうな顔するなよ」
桃太達と共に戦った林魚旋斧が、ガチガチに固めたリーゼントを見せつけながら、不恰好な笑みをつくり。
「出雲君は今や、一般冒険者にとっての希望で、八大勇者パーティからは警戒の対象よ。私も友達として力になるわ。紗雨ちゃんも遠慮なく頼ってね」
レジスタンスの参謀として活躍した祖平遠亜が、瓶底メガネを光らせて薄い胸を張る。
「林魚、心強いよ。祖平さんも、また知恵を貸してほしい」
「二人がいて安心サメー。ありがとう」
四人は改めて友情を誓いあった。
しかし、彼も彼女も状況をまだ甘く見積もっていた。
そう。獅子央孝恵は、お飾りの代表であるにとどまらず、ここ〝焔学園〟のれっきとした校長でもあったのだから。
「テロリスト団体〝C・H・O〟が先のクーデターで、どれだけの人命を奪ったと思う? やはり八大勇者パーティは解体すべきだ!」
校長の演説に感化されたのか、一般家庭出身の研修生達は、積もり積もった鬱憤を晴らすかのように、過激な発言に走る者が続出――。
「なにもかも出雲桃太のせいだ。大人達が解決するまで待てば良かったのに、あの英雄きどりが目立つから、校長まで厄介なことを言い出した」
一方、八大勇者パーティに縁のある研修生達は反発し、次々に負の感情を爆発させた――。
「まずい。紗雨ちゃん、絶対に手を離さないで」
「桃太おにーさん、怖い」
血気に逸る二つのグループは、桃太と紗雨を中心に向かい合い、揉み合いを始めてしまう。
「おい、出雲。お前は先に教室へ行け」
「紗雨ちゃん、彼をお願い」
「あ、あに様。すぐに逃げてください」
頼れる友人の林魚や祖平に加えて、四鳴家が派遣した、呉陸羽を含む監視役の女生徒達が止めようとするも、二〇〇〇人を前にしては多勢に無勢、なすすべもなかった。
「みんな、すまないっ」
「怪我しちゃ駄目サメエ」
やむなく桃太と紗雨は大型体育館の出口へ走り、揉み合う生徒達の群れから押し出された。
二人は、始業式前には想像もしなかった状況に困惑するばかりだ。
「ともかく落ち着ける場所へ行くサメ。桃太おにーさんと紗雨は同じクラスなんだよね?」
「うん、冒険者育成学校じゃ、実務経験でクラスが割り振られるからね。俺と紗雨ちゃん、それに林魚や祖平が配属された教室は、二年一組だよ」
桃太と紗雨は教室に入れば、この空気も変わるに違いないと期待して、廊下を歩く足を速めた。
「……え、英雄様と同じクラスだ。あわわわ」
「奴はイレギュラーだ。あってはならない存在だ」
しかし困ったことに、二年一組の教室に入っても、何も変わらなかった。
「えーい、こうなったら直接話に行ってやる。おーい」
「桃太おにーさん。紗雨もお手伝いするよ」
桃太と紗雨は腹を割って話そうと、彼や彼女達に歩み寄ったものの。
「出雲様。サインをください」
「あ、きゅう」
英雄として持ち上げられるか、感極まって無言になるか――。
「ち、近寄るな」
「貴方と関わり合いになりたくない」
逆に悲鳴をあげられるか拒絶されるか――。
と、五〇人いるはずのクラスメイトと、まるで会話が成立しなかった。
これは無理かと、桃太と紗雨が匙を投げかけた、その時。
「アハハ。ざぁこ、ざこざこ、雑魚ばかり。なぁにが、日本最大の冒険者育成学校〝焔学園〟だ。妾が見るに、この教室にいるのは腰抜けばかりではないか!」
昆布のように長い黒髪が印象的な、セーラー服姿の陰気な少女が、教室のど真ん中で大声を張り上げた。
あとがき
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