第111話 大荒れの始業式
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西暦二〇X二年四月八日。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、築五〇年のオンボロアパート、〝ひので荘〟近くにある駅前商店街で落ち合い、列車で〝焔学園〟へ向かった。
「桃太おにーさん。人が多いサメ、ごほん。人がいっぱいだね」
「紗雨ちゃん、はぐれないよう気をつけてね」
「さ、サメ。紗雨、気をつけるよっ」
冒険者育成学校の入学資格は義務教育の修了、すなわち中学校の卒業だ。
東京湾内部に造成された人工島、〝楽陽区〟に作られた冒険者育成学校、通称〝焔学園〟は、日本国最大の規模を誇る。
高校生から成人まで幅広い年齢層が集い、生徒総数は一五〇〇人を超え、職員やスタッフを加えれば二〇〇〇人に達するだろう。
始業式の会場となった大型体育館には、その大半が集まっており。
「ひそひそ」
「ざわざわ」
参加者全員の視線が、桃太と紗雨に集中していた。
彼や彼女の一挙一動から目を離さぬと遠巻きに見守って、時折キャーという黄色い歓声や、ほーという艶めいた溜め息まで聞こえてきた。
「こ、これはひょっとして、紗雨ちゃんのブレザー姿があまりに可愛くて、皆が見惚れちゃったかな?」
「と、桃太おにーさんの学生服がカッコよすぎて、注目されてるのかも?」
黒い学生服を着た桃太と、紺色のブレザーを身につけた紗雨が肩を寄せ合って、トンチンカンな反応をしていると……。
(あれ、リウちゃん?)
四月一日以降、ろくに話せていない山吹色の髪を三つ編みに結った少女、呉陸羽と、ひので荘の警備室で何度か姿を見た女性達が、桃太と紗雨を取り囲んだ。
(リウちゃんも含めて、全員が灰色の学生服を着て、胸に四鳴家の関係者だって示す……雷模様のワッペンをつけているな)
彼女達は、桃太と紗雨を周囲の無遠慮な視線から守ってくれているのか、それとも余計なことをすれば即座に袋叩きにしようと警戒しているのか、判別がつかない。おそらくは両方の理由だろう。
「いよお、出雲。モテモテじゃないか、おれも混ぜてくれよ」
「出雲君と紗雨ちゃんは変わらないわね。貴方たちが無事で良かった」
しかし、警備の少女達が包囲を完成させる直前、頭髪を固めた雄々しいリーゼントが目立つ学ラン少年と、分厚い瓶底メガネをかけた制服の少女が割り込んできた。
「林魚に祖平じゃないか。元気だった?」
「サメメ。会えてうれしいサメッ」
桃太と紗雨が、レジスタンスで共に戦った戦友、林魚旋斧と、祖平遠亜との再会に顔をほころばせるも、二人は唇に指をあてて「しー」と合図をした。
校長の獅子央孝恵らしき、まるまるとした中年男が、どてどてと足音を立てながら階段をのぼって壇上のマイクに口元を寄せる。
「お、おはよう。あ、新しい年度を迎えて、生徒も増えて嬉しいんだな。ぼくも最近ダンスを始めたんだけど、なかなか面白いんだ。みんなも新しいことにチャレンジするには、もってこいの季節なんだな」
ここまでは、ごく普通の挨拶だった。
「……今日は、聞いてほしいことがあるんだな。あのウソツキ、弘農楊駿がパパの遺言を偽造してからずっと、冒険者組合は〝上品に寒門なく、下品に勢族なし〟と言われる状況が続いている」
「「!!??」
孝恵が歯に衣を着せずに、冒険者組合の問題点を指摘したことで、会場内は一触即発の張り詰めた空気へと変わった。
「八大勇者パーティだけが偉ぶって、他の冒険者パーティから、正当な成果を奪いとっているんだな。ぼ、ぼくは生徒の皆が、この歪められたセカイを変えてくれると信じている。その為に勉強と訓練に励んで欲しい。ぼくにできることは少ないけど、助力は惜しまないんだな」
「「うおおおおおっ!?」」
拍手とブーイング。歓声と罵倒。
相反する声が体育館を嵐のように駆け巡った。
「……校長、本気?」
「あの丸っこい人、ガイよりトゲトゲなこと言ってるサメ」
かくして、桃太の新しい学校生活は波乱と共に始まった。
しかし、これは更なる混沌の入り口に過ぎなかったのだ。
あとがき
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