第98話 正体を隠して
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出雲桃太は立ち寄った図書館で、山吹色の髪を三つ編みに結った少女が、脚立から転落したところを両腕の中へ受け止めた。が――。
(この白いセーターを着た女の子の香り。昼間にかいだクマ国の木炭と同じ、強すぎる森林の匂いに似ているな。まさか)
桃太の宿す〝巫の力〟が発動し、黒い瞳が一瞬だけ青く輝いた。
彼の鼻をくすぐった香りは薄まってはいたものの、北山の公園で経験したものと同じものだったからだ。
(だけど、黒騎士はリッキーみたいに大柄な男の骨格だった。俺の腕の中に入るような、小さな女の子じゃなかった)
桃太は、少女が別人だと判断したものの、蒸気鎧に使われた異界の木炭と似た匂いの香水など、果たして存在するものだろうか?
「あに様。ありがとう。ウチ、びっくりしちゃった」
「え、あに様って、……お兄さん?」
そして、少女が「あに様」と呼んだことで、桃太の混乱は更に深まった。
彼には妹はおらず、そもそも彼女と出会った記憶もなかった。
(でも、何故だろう。この子はどこかで見た気がする。雑誌か何かのモデルかな?)
桃太は悩みつつも、山吹色髪の少女をゆっくりと床へ下ろした。
「は、はうっ。失礼しました。おにーさんは、クーデターで死んだウチのあに様に雰囲気が似ていたんです」
「そう、なんだ」
桃太自身、テロリストに堕落した元勇者パーティ〝C・H・O〟に親友の呉陸喜を殺害されているため、少女から事情を聞くのはためらわれた。しかし。
(この子が集めていたのは、今、この人工島〝楽陽区〟で政争中の、八大勇者パーティの〝S・E・I 〟と、〝J・Y・O〟に関する書物ばかりだ。ひょっとしたら家族や仲間に、あの黒騎士がいるんじゃないか?)
小動物めいた雰囲気の少女は兄を失ったと告げたが、クーデターを起こした〝C・H・O〟の戦闘員だった可能性だってあるだろう。
桃太は悩んだ末に、もう少しだけ様子を見ようと決めた。
「はい。手の届かない時は、スタッフの人を呼ぶといいよ」
「ありがとうございます」
桃太は書籍を手渡した後、礼をして去ろうとする少女の背中に声をかける。
「ねえ、キミも八日から、冒険者育成学校に通うのかい? 勇者パーティ〝S・E・I 《セイクリッド・エターナル・インフィニティ》〟について調べているみたいじゃないか?」
「は、はうっ。そうです。今季から〝焔学園〟に転入します。宿題のレポート、ほとんどできているんですけど、最後まで頑張りたいんです」
〝焔学園〟――というのは、この人工島〝楽陽区〟にある冒険者育成学校の通称らしい。
「そっか。俺はトータって言うんだけど、同じような理由で〝S・E・I 《セイクリッド・エターナル・インフィニティ》〟を調べてるんだ。一緒にやらないかい? 新聞のコピーも使えると思うんだ」
「ウチは、リウと言います。ぜ、ぜひお願いしますっ」
桃太はこれじゃナンパだ、と内心で冷や汗をかいていた。
されど、偶然かそれとも意図的か、リウという少女が食いついてきたこともあり、目的の新聞コーナーに移動した。
二人は手分けして、西暦二〇X一年の一〇月から西暦二〇X二年の三月にかけてのクーデター騒動に関する記事をコピーして、机の上に並べてゆく。
「それにしても、トータさんって、日本を救った有名人、〝出雲桃太〟様と同じ名前なんですね」
「あはは、良く言われるよ」
桃太は今、特徴的な額の傷跡をバンダナで隠し、紗雨がアレンジを加えた斥候術の化粧で変装している。
もしも万にひとつ、リウが黒騎士の関係者だったとしても、簡単には見破れまい。
(屈託のない笑顔だ。この子は違うと、信じたいけれど……)
あとがき
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