プロローグ 出雲桃太の鬼退治
―― プロローグ ――
西暦二〇XX年。
地球人類は、滅びの危機に瀕していた。
美しい緑なす大地も、青い海も、太陽と月、星の輝く空も――。
腐臭漂う〝赤い霧〟と〝黒い雪〟に覆われて、もはや見る影も無い。
世界異変の中心となったのは、荒れ狂う日本海の海上を飛行する広さ三〇〇平方キロメートルに及ぶ巨大な浮遊島だ。
「GAAAA!」
海上五〇メートルに浮かぶ島に絡みつく、二〇〇メートルを超える長大な八頭の首を持つ大蛇が咆哮し――。
「鬼の王たる獅子央賈南が命じる。地球人類よ、収穫の時は来た。妾らが貸し付けた〝鬼の力〟の代償として、五〇億の生命と魂を貰い受ける」
中央の頭に立つ、左目尻に傷の目立つ美しくも恐ろしい風貌の魔女が、黒いドレスから伸びる細い手を掲げ、厳かに人類へ宣戦を布告した――。
「うわあああっ」
「たすけて、たすけてえ」
北米、南米、アフリカ大陸、オーストラリア、ユーラシア大陸……。
地球上のありとあらゆる場所で、神話伝承の鬼や悪魔に似た怪物が暴れ回り、人々を食らいはじめた。
「悪魔め、裁きの鉄槌を受けるが良い!」
「モンスターめ、吹っ飛べ!」
ある国は地上から、ミサイルを撃ち放ち――。
ある国は艦隊を派遣して、砲弾の雨を降らせた――。
しかし、全ての現代兵器は〝赤い霧〟と〝黒い雪〟に包まれるや、分解されて赤黒い水のように溶け消えた。
「無駄な足掻きよ。すでに地球のコトワリは、八岐大蛇と空中要塞〝鬼ヶ島〟が掌握した」
獅子央賈南が右手を振るや、地上のミサイル基地は何万もの鬼に襲われて破壊しつくされ、海上の艦隊は巨大なタコやイカの怪物に水底へと引きずり込まれた。
「エイメーン!!」
されど沈没する寸前の空母から、戦闘機部隊が飛び立つ。
最後の望みを託されたパイロット達は、半ば特攻じみた軌道で浮遊島に接近。
されど、彼らの放った機関銃やミサイルもまた、鬼ヶ島を覆う〝赤い霧〟と〝黒い雪〟に阻まれて、役目を果たすことなく消え果てる。
「地球人類よ、嘆きと苦しみの中で死んで行け。もはや希望など無いと知れ」
艦載機隊は、魔女が投げつけた金棒によってコックピットを砕かれ、あるいは八岐大蛇の吐き出す炎に焼かれて四散した。
「ハハハ、HAHAHA!!」
「ガガッ、GAAAAAA!!」
魔女が笑い、八岐大蛇が吼え、赤い霧と黒い雪が世界を染めてゆく。
「ちょぉっと待ったあ」
しかし、絶望を振り払うように声をあげる者がいた。
額に十字傷を刻まれた小柄な青年が、マフラーのように首に巻き付く黄金の蛇を連れ、白銀の空飛ぶサメに乗って空中要塞〝鬼ヶ島〟へと矢のように向かっていた。
「来たか、我らが天敵。〝巫の力〟に選ばれし者、出雲桃太よ!」
「ああ、来たとも、獅子央賈南。やるぞ乂、速攻だ」
「おうよ、相棒。舞台登場、役名変化――〝忍者〟。ヒアウィゴー!」
桃太の瞳が青く輝き、乂と呼ばれた黄金の蛇が仮面となって、額の十字傷と右目を隠すように張り付く。同時に衣装が黒装束へと変化して、腰帯に差した短刀が太陽の如き光を発した。
ヘビの仮面をつけた桃太は、唐草模様の風呂敷に似たマントをなびかせながらサメと並んで空を飛び、大蛇の首元へと潜り込んだ。
「まずは首を落とす」
「まかせな。ひっさつ、螺旋掌!」
八岐大蛇が吐き出す炎もなんのその。
桃太はヘビの仮面となった乂と力を合わせ、両手から生じた青く輝く暴風で、燃えさかる火柱ごと大蛇の首を消し飛ばした。
首の一本が折れた様子は、観測衛星や無人飛行ドローンで中継されて、地上で歓声があがる。
「まだ首は七つあるぞ。そして、この島に居るのは妾だけではない」
黒衣の魔女が手招きするや、浮遊島からは化鳥やコウモリに似た怪物が青年に向かって殺到した。
「紗雨ちゃんは一度逃げて。俺と乂は引きつけた上で、憑依解除だ」
「AAAAAA!?」
モンスターにもみくちゃにされた青年は、黄金の蛇と共に光の粒子となって魔物の包囲を逃れ、空飛ぶ白銀のサメと合流した。
「紗雨ちゃん、いつものだ」
「むふふーっ。舞台登場、役名変化――〝行者〟ッ。サメイクヨー!」
桃太の瞳が再び青く輝き、紗雨と呼ばれた白銀のサメが仮面となって、十字傷と左目の上に覆い被さる。同時に衣装が真っ黒な忍者衣装から一転し、白衣に鈴懸を羽織った修験者風の法衣姿に変わり、左手に結わえた勾玉が月光に似た光を発した。
空飛ぶサメ、紗雨の変じたお面をつけた青年は、黄金の蛇を首に巻き、海中に飛び込むや否や、左手に海水をまとわせて巨大な穿孔器具、すなわちドリルを作りあげた。
「行こう。海はこっちの得意分野だ」
「サーメードーリール! からのドォリル、タイフゥゥウン!」
桃太と紗雨は海中を飛び出すや悪魔や鬼の群れをドリルでズタズタに引き裂き、八岐大蛇の首をひとつ落として、鬼ヶ島の中央にある岩山へと着地した。
「憑依解除。良い場所だ。ここなら大技だって決められる」
十字傷の青年は白銀のサメと一度離れると、腹一杯に息を吸い込み、両手で印を刻みながら叫んだ。
「唄え、天詔琴。生太刀、生弓矢を以ちて、人に害なす百鬼夜行を調伏する!」
額に十字傷を刻まれた青年の背後に琴が出現し、アップテンポの音楽を奏でる中。
両手から放たれた不可視の刃と矢が大蛇の首五本を粉砕した。
「さあ、ダンスの時間だ!」
桃太はライトピンクのニットシャツと黒いマウンテンパーカーを羽織った上半身をすっくと伸ばし、同色のストレートパンツを穿いた足を蹴りあげるようにして跳躍。岩山の上で踊り始めた。
「オレのブレイクダンスを魅せてやるよ」
黄金の蛇、乂が変化した――。
背中に『漢道』と刺繍した革ジャンを素肌の上に羽織り、太腿の付け根から裾まで広いドカンめいたボトムを身につけた青年も、背中や腰で跳ね回るアクロバティックな踊りを披露。
「鬼を退治するなら、やっぱり神楽舞サメエ」
白銀のサメ、紗雨が姿を変えた――。
丸く大きな碧い瞳を輝かせ、絹糸のように細く短い白銀の髪を海風になびかせた巫女姿の美少女がゆったりとステップを踏み、腕を伸ばして舞う。
三人が踊るや、魔物の屍体や砕けた大蛇の七本首が、黄金と白銀の光に包まれて消えて行く。
残るは一本の首と、その頭上に立つ魔女だけだ。
「役者は揃ったということか。
嵐神の剣を振るう者 五馬乂。
海神の勾玉を抱く者 建速紗雨。
太陽の鏡を継ぎし者 出雲桃太。
妾たちに抗えるか見せてみよ。我らはもはや地球を掌握したも同然だ」
「「GAAAA!」」
獅子央賈南が挑発するや、失われた七本の首が再生して勝ち誇るように吼え猛る。
「いいぜ、勝負は九回裏スリーアウトからだ」
「乂、せめてツーアウトにしろ!」
「最後の戦いくらいちゃんと決めて欲しいサメエ」
これより始まるは――
黄金の蛇に呪われた少年と、白銀のサメに化けた少女。
最弱から最強まで駆け抜けた少年の、〝鬼退治の物語〟である。
☆注目★
本作の重要人物である
建速紗雨ちゃんです^^
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
桃太君、本編では〝最弱〟からのスタートですが、最終的にはここまで強くなる予定です。
鬼に呪われた世界で足掻く少年の冒険譚を、是非お楽しみください。
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